第74話 クスノキの下で

 何を話していいのか、まとまらない……


 今日、途中から話し声がわからなくなっちゃったが、多分、ことちゃんは偽ラブレターの一件を知ってるんだろう。


 知られたくなかった。

 ラブレターをもらったことも、それが偽だったことも。


 更に、断りもなく、ことちゃんのおっぱいに顔をつけたんだと思う……エッチだよな。


 嫌われちゃったかな……


 …………


『よーくん、ごめんなさい』

「え?」

『私、おかあさんと慈枝よしえさんから、よーくんが、その偽ラブレターをもらったことを聞いてたの』


 やっぱり知ったたんだ……


『おかあさんから聞いたのは、よーくんが偽ラブレターをもらったということだけだったけど、慈枝さんからは、その差出人……今日会った女が、よーくんのことが好きになってラブレターを書いたけど、いわゆる陽キャたちから揶揄われて偽ラブレターだと言ってしまったって聞いたの』


『そのことをよーくんに告げて、話し合うべきだったんだけど、それをしなかったから、今日みたいに傷ついたんだと思う。本当にごめんなさい』


「悪かったのは僕の方だよ。いつまでも昔のことを引きずってデートを台無しにした……あの、僕がラブレターをもらったことがあるのは腹が立たない?」

『よーくんは魅力がいっぱいだから、よーくんを好きになる女の子がいることは、ちょっと悔しいけどあり得ると思ってる。でも、それは私がそんな女に負けないほどの魅力を持てばいいだけでしょ』


「……偽ラブレターをもらうのはいじられキャラだと思う?」

『偽ラブレターにしてしまったのは、いわゆる陽キャの揶揄いと、それに流されてしまったあの女でしょ。よーくんのせいじゃないよ。もっとも私としてはよかったけど』


「昔、ことちゃんがフルーツ白玉を作って来てくれたとき、あの女は自ら事象の地平線の向こうにいることを宣言したようなものだから無視すると決めた……だけど、今日無視できなくて……」

『トラウマはなかなか克服できないものと聞くよ。だからちょっとづつちょっとづつ克服していけばいいのよ。私でね。』



「ありがとう、僕の……情けない過去を許してくれて」

『許すも許さないもないよ。知ってることでも知らなかったも全部含めてよーくんが好きなんだからね』


 ことちゃん、また僕の膝にまたがって、ハグしてくれた。

 うれしいけど……


「その、今日、ことちゃんの、おっ、胸に顔を付けちゃった。嫌じゃなかった?」

『さっき言ったでしょ。私で癒されるんなら全然OKよ……私の胸はどう?』

「少し堅い布の感触があって……大きくて、柔らかくて、暖かくて、気持ちが落ち着くというか……」

『フフ、お役に立てて幸いです』


 ことちゃんの少し体が動いて、顔が埋まった……


「…ん」



「あまり続けてると、押し倒すかもしれないよ、布団もあるし……ってゴメン、調子に乗った」

『押し倒してもいいけど、覚悟の上でね。ちゃんと《使う》とか』


 調子に乗ったことは突っ込まないんだ……


「……持ってないから、今日はやめておく」

『フフ、おかあさんに言ったらもらえないかな?』

「そ、それはやめて!」

『フフ。リビングに行く?』

「うん」


 …………


琴菜ことなちゃん、芳幸よしゆきの子守りは終わった?』

「おい!」

『はい、いい子にしてましたよ』

「ことちゃんまで!」

『おかあさん、晩御飯作りにかかりましょうか』

『まず、手を洗いましょうか。手首までね』

『はい』

『あ、隼人はやとさん。ジャガイモお願い』

『うん、わかった』


『芳幸』

「何、父さん?」

『がんばれ……ではないな、癒してもらった先をどうするかは、考えるんだな』

「うん、ありがとう。what“何を”は決まってる」

『ほう』

「when“いつ”とか、how“どのように”とかはこれからだ」

『相談になら乗るぞ』

「うん、ありがとう。ことちゃんと話し合ってから決めるよ」


『ロトを散歩に連れてってやってくれるか』

「うん」


 …………


「ロト、ちょっと休憩していくか」


 家から20分ぐらいのところにある神社。

 本殿の脇に巨大なクスノキがあって、いい感じに木陰があるので時々寄ってる。


「なあ、ロト。なんだか枝の間からバスが走り出てきそうだな」


 葉擦れの音。

 由莉さんのお墓参りに行った時もこんな音がしてたっけ。なんとなく、由莉さんのしゃべり方みたいに優しく聞こえる。


 ……


 ことちゃんは寄り添ってくれる。


 そう、僕が変わらなきゃいけないんだ。


 うん。やっぱり……フルーツ白玉を持ってきてくれた時に、ことちゃんだけを信じると決めたんだった。

 そうだ、それを忘れちゃいけない。


 ヨシ!


「ロト、ちょっと待ってろ」


 リードをサカキの枝に掛けて、コーラを買ってきた。

 お散歩バッグからシリコン製の折り畳み式のお皿を取り出し、持参のペットボトルから水を注いでロトに飲ませて、コーラを飲んだ。


 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


『よーくん、あとどのくらいで帰ってくるの?』

「うん、あと20分ほどで帰るよ」


「ロト、帰るか」


 …………


『おかえりなさい』


 ことちゃん、エプロン……


『どうしたの?』

「ことちゃんが“おかえりなさい”って迎えてくれると、新鮮というかなんというか……その、エプロンで」

『フフ、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ『後がつかえてるんだから小芝居はやめて』』

『「慈枝よしえ(さん)!」』


『水族館、どうだった?』

『私、水族館久しぶりだったんですけど、よかったです』

『それはよかったね。そのペンダントは?』

『サメの歯にターコイズをあしらってあるんです。あの……』

「実はお揃いで」


『同じものぶら下げてるから見ればわかるけど、ふ~ん、サメの歯とターコイズって合うね』

「これ、颯さんとどうかな?」

『そ、それはおいおい』


『あら、慈枝お帰り。何してんの? 出来てるわよ。』

『『「は~い」』』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 空間を超えて、由莉さんは見守ってます。

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