第75話 私は絶対よーくんを騙さないし、裏切らない◆side琴菜◆

「よーくん、おいしい?」

『うん、おいしいよ。これ、ことちゃんが?』


 ……やっぱりよーくんがおいしいって言ってくれるとうれしい。


『カレーは琴菜ことなちゃんが作ったのよ』


『琴菜ちゃん、おうちでカレー作るの?』

「練習を兼ねて作ります。子どものとき、よーくんはカレーが好きって聞きましたから」

『お兄ちゃんは、カレーが好きすぎて、無条件でうまいうまいって食べるから大丈夫だよ』


 目標がある。

 夢で見た、また、初めてよーくんがうちに来た日にお母さんが作った“辛口のルーを使って、ココナッツミルクで仕上げたカレー”。

 これがものにできないと、お母さんに追いつけてない……


『カレーって凝りだすときりがないのよね』

「そうなんです。オニオンペースト、ブイヨン、チャツネ等、スーパーのカレー用食材売り場に売ってるものだけでもびっくりです」

『ノウハウ的なものもいっぱいよ。それこそ作り手の数だけあるんじゃないかしら』


『今日教えてもらったおかあさんのカレーは、私が今まで作ってこなかったものなのでいい勉強になりました」

『聞いた、芳幸よしゆき。主婦はこれだけ頑張ってるのよ』


『さ、先取りでお礼を言っとくよ。ことちゃん、ありがとう、未来もよろしく。でも今は受験勉強を優先してほしい』


「どういたしまして。今はうまくバランスできてるよ」



『箸休めは、琴菜ちゃんからスライスしたリンゴを炒めたものを教えてもらって作ったのよ』

『あ、江梨えりさん得意の』


『あの、琴菜ちゃん、おうちではこれよく出るの?』

「カレーの時の箸休めなんですけど、他では出ません。ただ」

『ただ?』

「応用は利くと思うんです」

『ふーん……』


 たぶん、お兄ちゃんに作ってあげるつもりなんだね。

 お兄ちゃん、なにか料理できるのかしら?


「あとで、メモ渡します」


『ピクルスは俺だぞ』

「おとうさん、酸味がちょうどよくておいしいです。いただいたレシピは母に渡しておきますが、ひょっとしたら父のほうが興味を持つかもです」


『せっかくのカレーが冷めると良くないから食べましょ』


『うん、うまいな』

『でしょ』


 みんなが喜んでくれる。

 良かったー


 …………


 よーくん、3杯目……

 でも、いくらかは回復したのね。


「そんなにおいしかった?」

『うん。同じレシピでも、作り手で味が違ってくるんだね』


 …………


『『『『「ごちそうさまでした」』』』』


『おしかったよ。明日の朝は僕が作るよ』

「……何作るの?」

『それは、秘密です』

「そう。じゃ楽しみにしてる」


『誰かさんがいっぱいお代わりするからご飯がないけど、炊いておく?』

『うん、これからメニュー考えて、必要なら炊くよ。7合?』

『そうね』


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『芳幸、今日は客間で寝なさい』

『嫁入り前の娘『あんたそんな余裕あるの? 一人で寝て夜泣きしても知らないわよ』』


『夜泣きって…』


『琴菜ちゃん、芳幸がエッチなことをしようとしたら、我慢しないで大きい声を出してね』

「よーくんはそんな人じゃないです」


 絶対イヤというわけじゃないけど、内緒。


『後は若い二人に任せて』


 おかあさん、そのセリフ違う……


 なんか、沈黙が支配する。


『……』

「……」


『……あの、ことちゃん疲れてるんじゃない?』

「?」

『今日、いっぱい働かせちゃったし、ご飯も作ってくれたし』

「フフ、私は、大丈夫よ。それよりよーくんは」

『大丈夫かどうかよくわからない。ロトの散歩はいつも通りできたけど』


「あのね、答えにくかったらいいんだけど…」

『僕の中の傷を治してくれるんでしょ。傷薬はしみるけど、頑張るよ』

「うん、辛いかもしれないけど、記憶を全部整理すれば楽になると思うから」

『うん』


「その偽ラブレターを出した相手は慈枝さんの同級生だそうだから、よーくんが中3であの女は中1ね」

『…うん』


「まったく面識がなかったの?」

『僕が通ってた中学校は、購買のところから、慈枝よしえがいたクラスが良く見えて……目が合うとニコってされたことはあった。話をしたことはなかった」

「じゃあ、本当にあの女は最初はよーくんのことが好きだったのね」

『本当に?』

「慈枝さんから聞いたの。最初はマジのラブレターだったんだけど、いわゆる陽キャどもに揶揄われて、偽ラブレターって言ってしまった、と」


『目があうとニコってしてくれた子がどうして偽ラブレターを寄越したのか不思議だったんだ。そうか、そんなことが』

「よーくんはどう思ってたの?」

『その、ことちゃんに申し訳ないんだけど……』

「好意を持ってたのね」

『ゴメン』

「いいのよ、逆に女の子の笑顔で落ちなかったらそのほうが変だよ」


「どうして、そんな簡単に偽ラブレターだって言ってしまったのか、そこに鍵があると思うんだけど……あ、よーくん我慢できなくなったら言ってね。やめるから」

『まだ、大丈夫』

「結局縁がなかったって言うことになるんだけど……よーくんの魅力を掴んだつもりで実は掴んでなかったから、簡単にひっくり返ってしまった、とか」

『えっと、よくわからないんだけど』


「ちゃんと魅力を感じて、しっかり自分の中に組み込めていれば簡単にひっくり返ったりしないと思う。私だってよーくんのこと揶揄われたことがあるし、ずいぶんなことを言われたことはあるけどひっくり返らなかった』


『……』

「どうしたの?」


『……今まで照れくさくって聞けなかったんだけど、ことちゃんは、僕のどんなところに魅力を感じて、声をかけようと思ったの?』


 多分これもよーくんの自信につながるのよね。

 うん、ちょっと照れくさいけど、よーくんのためなら!


「スクールのキッズコーナーでパソコン使ってるよーくんがとてもかっこよくって、それから、スイムキャップ置き忘れて帰ろうとした子に走って追い付いて渡してたのを見て優しい人だと思ったから」


『スイムキャップのことは覚えてないな……パソコン作業については、あの頃にTaoufik(タウフィク)達と話したことがあって、僕は、何かに真剣に取り組んでるときはオーラが出てる、その子はそれに惹かれたんじゃないかって言われた』


「5歳だったからそんな言葉で考えてなかったけど、今思い起こすとそうかも」


『魅力を感じてもらおうとしてたわけじゃないんだけどな……それを女性は魅力として感じる……男女間のギャップだよな』

『女性ってすごいな5歳でも男の魅力を意識できるんだ。5歳の男の子はほぼなんにも考えてないぞ』


 うん、こういうフラットな見方ができるようになったということは、良い傾向?


「あの女は、よーくんの魅力を掴んだつもりで、しっかり自分の中に組み込めていなかったんだと思う。だから揶揄われたぐらいでひっくり返っちゃったんだと思うよ」


『……そうかも……まあ、今となってはどうすることもできないし、僕にはことちゃんがいるからどうかする必要もないけど』


「私は、よーくんの魅力を自分に組み込めてるよ。だから12年間揺るがなかったんだよ。この先も、私は絶対よーくんを騙さないし、裏切らないからね」


『うん、ありがとう……幸せな気持ちになってきたよ』


 よかった、うまく行ったみたい。

 後は時間が薬かな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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