第73話 ごめん……ちょっとこのままで◆side琴菜◆

『あれ、武川たけかわ先輩?』


 ?

 なに、この女!?


『隣に居るのは彼女さん?』

『……』

『ふ~ん』


 え、よーくん、つらそうな顔になってる……

 どうして?


「私は、よーくんの恋人ですが、あなたは先輩って呼び方をされてるってことは、よーくんの学生時代の後輩さんなんですね」

『そうよ、中学校のときの後輩よ。恋人のあなたに言うのはなんだけど、武川先輩の隣には私が立ってたかもしれないのよ』


 中学校の時の後輩?

 隣に立ってたかもしれない?


 あ!

 ●●●●●●●●●


『あの子、中学3年生のとき、ウソ告というか偽ラブレターをもらったのよ』


『――その子は、お兄ちゃんのことが好きになって、思い切ってラブレターを書いたんだけど――偽ラブレターだって言っちゃって――」


 ●●●●●●●●●


 あれはこの女?


『本当に恋人なの? 先輩とはかなり年齢が離れているみたいだけど』


 この女、あのバカどもみたいにパパ活とか言うつもりか!


「本当に恋人ですよ」

『あなたは高校生? アラサーとどういう接点があったのかしら? アプリとか?』


 アプリ?

 ケンカ売ってんの?


「接点って、与えられるものではなく、自力で作るものではないでしょうか。私はをちゃんと見て、彼が持つ魅力を掴みましたよ」

『それは、客観的でない「客観的である必要があるのでしょうか。好きになれれば好き、そうでなければそれまででしょう」』


『それ、空気が読めないってことじゃないかしら。そんな自分勝手な価値判断『あなたは、ご自分の好悪の判断を第三者の価値判断又は複数の第三者の総意とするのですか?」』


 この女に間違いない。

 陽キャとやらに迎合するために、自分の気持ちを捻じ曲げ、よーくんを傷つけ、今は私をよーくんから引き離そうとしている。


「あなたは本当に彼に魅力を感じたのですか?」

「魅力を感じたつもりになっていたんじゃないですか?」


『…』

『……』

『あ、あの、お幸せにね』



 今度よーくんの前に現れたら、どんな手段を使っても排除するからね。



「よーくん、行きましょ」

『……』


 よーくん、手を繋いでないとまともに歩けないみたいね。



 お会計は……無理そうね。

 いいわ、私が払う。


『ありがとうございました。またお越しください』



 屋外に出たけど、よーくんの顔色が良くならない……

 どうしよう。



 どうにか車までたどりついた。

 けど、まだ運転させないほうがいいよね。


「よーくん、ちょっと休んでいきましょ。私飲み物買ってくる」

『……このまま、ここにいてくれ』


 いま、離れちゃだめみたい。

 この車、どうしてキャンピングカーじゃないのかしら。キャンピングカーだったら添い寝してあげられるのに……



 キャッ

 よーくんが私に覆いかぶさってきた。

 いやじゃないけど、その、急すぎてびっくりというか、明るいし、水族館の駐車場だし、サプライズすぎるというか……



 シフトノブ? セレクターレバー? なんていうんだっけ、邪魔ね。


「よーくん?」

『ことちゃん……ごめん……ちょっとこのままで』


「いいけど、ちょっと待って、シートを倒すから」

『うん』


 このレバーかな? よいしょ。


「よーくん、来ていいよ」


『……チクショウ……』


 慈枝よしえさんから、あの女サイドのいきさつを聞かされた時は少しは同情の余地があると思った。

 あのいきさつだったら、再会したら謝るかとでも思ったら、パパ活だの空気を読むだの……本当に許せない。


 よーくん、落ち着くまで、私の胸に顔を埋めてていいよ。


『……ウウ……』


 泣いちゃってもいいよ。

 涙染みは……よーくんのならいいよ。


『……』


 …………


『ことちゃん、ごめん。人目に付くところでこんなことを…』

「いいのよ。それで落ち着いた?」

『うん』


「飲み物買ってくるから、飲んでから帰りましょ」

『あ、お金』

「大丈夫よ。お小遣いあるから」

『食事代も払ってもらったし』

「私が払えばパパ活だのなんだのと、くだらないことを言われなくて済むでしょ」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 まだ、よーくん完全には回復してないみたい。

 運転は大丈夫だったけど、口数が少ないし、目に力がない。



「ただいま、ロト君」


 ロト君もよーくんの変化を感じ取っているのかな。

 よーくんの足許にピタッと寄り添った。


『帰ったか、芳幸よしゆき、琴菜ちゃん』

「おとうさん、ただいま」


『……芳幸はどうした?』

「すいません、後でお話しします。よーくん家に入りましょ」

『うん。申し訳ないが、面倒を見てやってくれ』



 客間には布団が延べてあった。


「よーくん、少し休んだら。眠るまで一緒に居てあげるから」

『うん……ありがとう』



 よーくんが眠りに落ちたので、リビングに行くとおとうさんとおかあさんが待っていた。


「おかあさん、おとうさん。今日水族館で――」


『そう、そんなことが。私はどこのだれかまでは突き止められなかったけど……琴菜ちゃんありがとうね、撃退してくれて』

「いえいえ、私はよーくんを支えると決めてますから……でもよーくん、口がきけないほどショックを受けたみたいで」


『あの子は、打たれ弱い所があるから……ごめんね』

『ちょっと待て、その偽ラブレター子ちゃんも芳幸のことを忘れてなかったんだな。えーと15年たってるのに』


 そうだ、あの女はよーくんのことを覚えてたんだ。だから今日声をかけた。


『……それは、不幸なめぐりあわせだったのね』


 あ!


 会うのは、有限の地球上にいれば確率は0じゃない。でも、どうしてあの女は声をかけようと思ったんだろ?

 結婚してたり、恋人がいれば14年前に好きになるにはなったけど、自分が悪者になるような結果に終わった相手に声をかけたりしない……と思う。


 私が一緒にいたから、冷やかしで?

 ひょっとして、まだ気持ちが残ってるとか……まあ、渡さないけど。



 多分、これはよーくんにとっても、あの女にとっても不幸でしかないんだな。

 だから、私はよーくんを不幸の沼から引っ張り出す。


 あの女を許せないことには変わりはないけど、今は哀れとも感じる。

 だから、あの女は自分で自分の面倒を見てください。


『ともかく、芳幸を守ってくれてありがとう』


 おかあさんの目が私の胸元に向いてる。

 たぶん、おかあさん気が付いたよね。でも、男の人って泣いたのを知られるのを恥ずかしがるから黙ってる。


「おかあさん、カレーライスとポテトサラダの材料はありますか?」

『……そうね。今夜はそれにしましょうか。手伝ってくれる?』

「はい、もちろんです。」



 水族館で見たものとかの話をしていたら、よーくんが起きてきた。


『ことちゃん、今日はかっこ悪い所を見せた』

「大丈夫、かっこ悪いなんて思ってないよ」


『うん、ありがとう……あの、二人でちょっと話せるかな。』

「うん、いいよ。トイレに行ってから行くよ」


 よーくん、そんな思いつめた顔をしないで。私はどこにもいかないよ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 芳幸君を弱虫と言わないでくださいね。

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