第62話  初めての…◆side琴菜◆


 よーくん、お風呂から上がったみたい。


琴菜ことな、お風呂入っちゃって』


 丁度、今日の分の勉強が終わった。


「はーい」


 …………


 よーくんと、私の部屋でベッドに並んで座る。昔みたいに。


『ことちゃん、あの写真』

「あの日、二人で撮った写真と誕生日のプレゼントにもらったポシェットは持ち出せたの」

『危なくなかった?』

「大丈夫だった」


「この写真とポシェット、疲れたとき、うまくいかなくて焦っているときに見て、抱きしめると、よーくんの“琴ちゃんは一人じゃない、頑張れ”っていう声が聞こえるような気がして頑張れた。だから、宝物だよ」


『……わかるよ。僕も詰まったときはこの写真を見てた。それでも足りなかったらスイミングスクールを見に行ってた』

『似たようなことしてたのね……じゃあ連絡先の交換しよ」


 ♪ ♪


『うん、約束がまた一つ果たせたね』

「よーくん、女の子と連絡先交換してないよね?」


 まあ、チャットグループ用に蘭華ちゃんたちと交換してるわよね。


『えっ!』


 ちょっとからかっちゃお……


「誰と」

「交換」

「したのかしら?」


『え、えっと……』


 焦ってるねー


『ごめんなさい、ヒマと、今回協力してくれた蘭華らんかちゃん、陽葵ひまりちゃん、ネモちゃん、Ms.Ramanujan(ラマヌジャン)と交換しました』


 あら敬語。


「浮気ね」


『ごめん……その、ことちゃんを探すために必要だったから』


「いいわ、許してあげる。でも、これ以上交換しちゃだめよ」

『その、消した方がいいかな?』

「恩人の連絡先でしょ、消さないほうがいいと思うよ。でも上書きしないと」

『え?』


 自分でも大胆だと思う。

 よーくんの膝に跨がって、体を密着させてるんだから。


『ちょ、ちょっとことちゃん!』

「大きい声を出さないで」

『うん……あの、顔が近いし、んだけど』


「当ててるんだよ……ねえ、ギュッてして」

『うん』


 よーくん、ドキドキしてる……私もだけど。



「ごめんなさい」


『ん、どした?』

「私、全然よーくんのことを探してなかった」

『ああ、それはことちゃんには難しかったと思うよ。大学生、社会人は比較的時間が自由になるけど、中高生でアスリートだと体が空かないでしょ」


『でも、ことちゃんは自分の存在を全世界に向けてアピールしたじゃない? それはとても勇気がいることで、10年探したのと同じくらいの価値があるよ。だからありがとう』

「私、役に立てたかな?」

『うん。すごい役に立ったよ』



『Taoufik(タウフィク)、和真かずま、母にメッセージだけ送っておきたいんだけど』

「なんて送るの?」

『Veni, vidi, vici』

「……何に勝ったの?」

『運命に勝った』


「フフッ」

『ハハッ、冗談。ちゃんと日本語で気持ちを確かめ合って、みんなと挨拶したって送るよ』

「えー最初のほうがよーくんらしいと思うよ?」


【母さん】芳幸よしゆき、電話いい?

【芳幸】いいよ。


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


『琴菜ちゃんに代わってもらえる?』


 よーくんのおかあさん。

 子供の時は、“おかあさん”と呼べた。でも、私はよーくんに大変な迷惑をかけてしまった。よーくんは何も言わないけど、おかあさんに何か言われるのかな。

 でも、いずれ対面しなければいけないから……


『スピーカーホンにするよ』


「こ、こんばんわ。ご無沙汰をしています」

『やっと、声が聞けた。ちょっと芳幸、部屋の外に出てて!』

『はい?』

『聞こえなかった? 早く部屋から出なさい!』


「よーくん部屋の外に出ました」

『琴菜ちゃん、緊張しなくていいのよ。琴菜ちゃんならいつでも大歓迎。ね、隼人はやとさん』

『琴菜ちゃん。こんばんわ。芳幸のことを好きであり続けてくれたんだね。ありがとう。美都莉みどりの言う通り琴菜ちゃんならいつでもOKだぞ』


 おかあさん、おとうさん……


「あの……私は勝手に行方不明になって、よーくんやおとうさん、おかあさんに迷惑をかけてしまいました。それでも私を許してくださるんですか?」

『琴菜ちゃんのせいじゃないし、私達もあまり変わらないわよ。仕事の関係であの後すぐ隣の県に引っ越したから』

『“おあいこ”だ、気にしなくてもいいぞ。ちょっと遠いが、遊びに来てくれ』

「はい、ありがとうございます」


『芳幸と話ができたそうだけど、よかったわね』

「はい、久しぶりによーくんの笑顔に触れて、辛かった13年間が消えました。よーくんも同じだっていってました」




『……芳幸ってね、辛いことがあってもそれを隠そうとするのよ。顔に出てるのにね」


 あ、フルーツ白玉を持ってきたときに、辛そうな顔をしてるのになんでもないふうを装ってたっけ。



『あの子、中学3年生のとき、ウソ告というか偽ラブレターをもらったのよ』


 偽ラブレター!?


 それってよーくんを弄んだの!


「そいつ……絶対許せません!」

『その通り、許せないわね。それ以来芳幸は彼女を作ろうとしない、というか、興味のある女の子がいても声が出せないみたいだった』

『そんな状態なのに、偽ラブレターの一件はいまだに俺たちに言わない……隠せてるつもりらしい』


 よーくん、かわいそう。トラウマになってるのね。


『それが変わったのは琴菜ちゃんと知り合ってからで、今ようやく、少しは自分の想いを語れるようになったけど……』


『ごめんね、面倒な子で。多分芳幸は琴菜ちゃんとと思ってるけど、ちゃんと言い出せてないんじゃないかしら』

「おかあさん、よーくんは私の父母に親として接してくださいと言いましたが、私にはまだそういうことを言ってないです」


『いつ言い出すかわからないし、ひょっとしたら、尻を叩かないといけないかもしれないけど、どうか芳幸のことをお願いします』


『おかあさん、おとうさん。私は、絶対によーくんを裏切りません。ずっと支え続けて、そんなマイナス分は消し去ります』


『ありがとう。それは琴菜ちゃんにしかできないことだからお願いね』

「はい、任せてください」



『芳幸に入って来ていいって』

「はい、よーくん呼びます」



『母さん、ことちゃんに何吹き込んだんだよ』

『ガールズトークだから詮索しないの』

『ガールズトークって……』

『何かしら?』


『琴菜ちゃんは進学するのかな?』

「よーくんの住んでるところの近くの大学を受ける予定です」

『そうか、合格を祈ってるよ。分からないことがあったら芳幸に聞くといい。芳幸、面倒を見てやれよ』

『わかったよ』

『じゃ、琴菜ちゃん。また遊びに来てね』



『あの、母が何を言ったか知らないけど、あんまり真に受けなくていいよ』

「大丈夫よ」


 また、よーくんの膝に跨がった。


「そんなにびっくりしないでよ……慣れて」

『うん』



「キス」


「したい」

『えっ……僕でいいの』

「私、よーくん以外の人を好きになることはないし、よーくんを初めてのキスをあげていい相手と見極めてる」

『えっ、買ってくれてありがたいけど……』

「……女の子に恥をかかせないで」

『うん、じゃあ……』


『「……ん」』


 私は裏切らないし、どこにもいかないよ。だから安心していいよ、よーくん。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 琴菜ちゃんは、芳幸君の古傷を癒してあげてます。完治まであとどのくらい?

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