第63話 Ombra mai fu◆side琴菜◆

「よーくん、今日は暑くなるんだって」


 今日は、よーくんと再会できたら使おうと思って買ったミニ丈の白ワンピース、少しヒールの高いウエッジソールのサンダル、細かめの編み目のストローハット。


 どうよ!


『暑いのは勘弁だな……ことちゃん、今日の服良く似合うよ』


 フフフ。


「ありがとう。結構気合を入れたのよ」

『う、うん可愛いよ』


 よーくん、チラチラ私の膝を見てる。

 太ももではなく膝ってのがよーくんらしいね。


『ところで、はやてさんは?』

「ああ、お兄ちゃんはね、昨日の内に話を付けて慈枝よしえさんとデートだって。ずいぶん朝早く出かけたみたい」

『おう、それは……よかった?』

「がっつきすぎないと良いんだけど……」

『まあ、見守ろう』

「そうね」



『お線香 ヨシ、ローソク ヨシ、風よけ付き電子ライター ヨシ……大丈夫忘れ物はないわね。お花は途中で買っていきましょ』


「よーくんの車は2人乗りって言ってたけど、荷物は積めるの?」

『食料は1週間分まとめ買いしてるけど、まず大丈夫だね』

『レトルト食品とかかね?』

『自炊してますから、普通に食材ですけど、冷食も結構使います』

『ほう、自炊』

『といってもそうレパートリーは多くないし、味付けは母や江梨えりさんには敵わないです』

『ほら、琴菜ことな芳幸よしゆき君の生活に足りないものがあるみたいよ』

「今度ご飯作りに行ってあげる?」

『おい江梨、煽るなよ』


鐘治かねはるさん、江梨も時々ご飯作りに行ってたでしょ』

『お、お義母さん、なぜそれを知ってるんですか?』

『そんなの決まってるじゃない。母から奨められて行ってたのよ』

『え……』


 あれ、お父さんが赤くなった?


 後で聞いて見よう……これ、聞いてもいいことなのかな???



『じ、じゃ行こうか。み、みんな乗ってくれ』


 …………



 ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのお墓は木陰にあるんだけど、今日は日陰でも暑い。


 墓石に水をかけて、ローソク、お線香、お花をお供えして、よーくんしばらく合掌。


由莉ゆりさんご無沙汰してます。幸嗣ゆきつぐさんはじめまして、芳幸です。暑いですね』


 あ、風が出てきた……

 風が通って涼しくなった。


『ふう、楽になりました。僕の方は、ことちゃんの同級生だった子たちの力を借りてことちゃん再会できて、こうしてお墓参りができました』

「ひいおばあちゃん、私、ひいおばあちゃんとの約束通りインターハイで優勝して、そして、よーくんと再会したよ」


『僕とことちゃんは仲良くやってます。ことちゃんは今度大学受験です。見守ってあげてください』


 葉擦れの音

 今まで気にしたことなかったけど葉擦れの音って、優しい音なんだ……なんとなくひいおばあちゃんの喋り方に似てる。


『由莉さん、また来ますね。行こうことちゃん』

「うん。ひいおばあちゃん、またね。」




『ここ、木が茂りすぎで風が通ったことないんだけど、今日は通ったよ?』


 …………


『――お出口は左側です。お降りの際は電車が止まってからドア横のボタンを押してください。電車とホームの間が空いているところ――』


『着いたね。さて、どんな駅かな?』

「電車から降りたら見えるよ」


『あれがそうか』

「おしゃれでしょ」

『確かにおしゃれだね。ここまでおしゃれな駅は初めて見たよ』


「この駅は海岸段丘の段丘上にあるから、もともと海が良く見渡せるって話題だったみたい」

「だから建て替えの時に、地元出身の有名な建築家に依頼して“海が見える”を最大限に活かした設計としたんだって」


『じゃあ行ってみようか』

「うん。カフェもあるみたい」

『昨日のPandōrāもよかったけど、海を見ながらお茶するのもいいね』

「そうね」


 …………


『へー、ストリートピアノが置いてある』

「あ、あれは中学生かな?」



『おじさん、何か弾いてほしい?』


 よーくんを“おじさん”なんて失礼ね!


「ねえ、お姉さんのリクエストに応えてくれる?」

『いいよ』

「リストのマゼッパをお願い」

『ことちゃん。それめちゃくちゃ難しい曲』

『お姉さんごめんなさい。それは僕には無理です』


『……ごめんね、よーくんを“おじさん”なんていうから意地悪しちゃった」

『えっ……僕のほうこそごめんなさい。えーとお兄さん、何か聞きたい曲ありますか? あんまり難しくない曲で』

『あんまり意識しなくてもいいけど……そうだ、ヘンデルのオンブラ・マイ・フ……声楽が入ってないとクセルクセスか、これをお願いできるかな?』

『はい。得意な曲です!』

「さっきはごめんね。もしよかったら、優しさの中に凛と響く感じにできる?」

『がんばります!』


 ♩♩♩ ♩♩♫ ♩♩♩ ♩♩♫ ♩♩♩ ♩♩♩


「いい音ね」

『ここまで沁みるのはなかなか聞けない……君は上手だね』

『ありがとうございます』


『お礼したいな。お茶どう?』

『お気遣いありがとうございます。でも、僕は、僕のピアノでみんなが喜んでくれることが歓びなんです』

「そうなの。応援してるよ!」


『あの、もしも、もしもだよ、僕たちがイベントに呼んだら演奏しに来てくれるかな?』


 よーくん。ひょっとして……


『はい、前もって連絡していただいたら、予定を合わせます』

『じゃあ、連絡先の交換だ』


♪♪


『いい音楽ありがとう。またね』

「またね」

『ありがとうございました』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 ポルダーガイスト? ホラー?

 いえいえ、由莉さんの庇護愛でしょう。

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