第56話 感じるチカラ・届けるチカラ◆side琴菜◆

 さあ、もうすぐスタート。いつものとおりよーくんを感じる……だから、この大会もひとりじゃない。


 …………


『女子100m自由形の優勝者は――中等教育学校の涼原すずはら 琴菜ことな選手です』


 よーくん、お父さん、お母さん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、私やったよ! 優勝したよ!

 天国のひいおばあちゃん、約束の半分を守ったよ。大きな大会で優勝してよーくんに見つけてもらうっていう約束。

 あとは、よーくんに見つけてもらうだけだよね。



『優勝インタビューです。涼原選手、おめでとうございます!』

「ありがとうございます」


『ここまでの道のりは大変でしたか?』

「幼稚園の年少さんの時にスイミングスクールで水泳を始めて、それ以来ずっと一生懸命やって来たことが今実りました」

『えーと年少さんからだと14年ですか。うれしかったでしょう』

「はい。喜びで胸がいっぱいです」


『定番の質問ですが、この喜びを誰と分かち合いたいですか?』

「育ててくれた父母、祖父母、辛いときに励ましてくれた亡き曽祖母、と分かちあいたいと思います」

『故人であるひいおばあちゃんとはどうやって分かち合いますか?』

「お墓参りして報告します」


『涼原選手、この後、みなさんとお話しされるかと思いますが、まず一言伝えたいことありますか?』


 このインタビュアさん、下の名前を呼んでくれないのね。よーくんに届かないじゃない!


 よーし!


「はい、あります」

『では、どうぞ』

「みんな、私やったよ。涼原 琴菜はインターハイで優勝したよ!」


『100m自由形の優勝者の涼原選手へのインタビューでした。涼原選手にもう一度大きな拍手をお願いします』



 控室に戻ると、谷地やち君が迎え入れてくれた。


『お帰り、涼原さん。優勝おめでとう』


 更衣室は男女別々だけど、控室は同じ。でも、谷地君は水着のときも胸やおしりを見ず、目を見て話しをする。

 見られたいわけじゃないけど、最初谷地君は異性に興味がないのかなと思ったけど、杏子きょうこと付き合いだして、進展してる……うん、谷地君は紳士だね。


 よーくんも私の胸は見なかった……あの時はぺたんこだったか……

 今、もし会えたらどうなんだろう。

 よーくんなら、服の上からなら見てもいいかな。


『琴菜、“スイミングスクールで仲良くなった人”って芳幸さんのこと?』

「うん。あんまりあからさまに言うと、よーくん困っちゃうから」

『あれは、知ってる人にしかわからない……いいかもしれないわね』


『よっぽど言葉に対してこだわりが強い人なら単数形であることを疑問に思うかもな。愛乃あいのさん、配信はどんな感じ?』

『うん、なかなかいい感じよ』


『『――優勝インタビューです。涼原選手、おめでとう――「私やったよ。涼原 琴菜はインターハイで優勝したよ。」――涼原選手にもう一度大きな拍手をお願いします。』うん。ばっちりだね』


『“一言”でフルネームを言ったのはわざと?』

「もちろん。下の名前でないとよーくんに届かないと思うけど、インタビュアさんはフルネームで言わなかったから」


『なるほど、でメッセージ性もしっかりあるし。芳幸さんがこの配信を見さえすれば、自分宛てって分かると思うな』


 おねがい、よーくんに届いて、よーくん気づいて。

 誰でもいいから、よーくんに教えてあげて。


◆◆◆◆◆◆side芳幸◆◆◆◆◆◆


 メッセージアプリを立ち上げ、グループserch_harpのチェックをする。昨日の今日だけど、日課だ。


 まだ、情報は入っていない。まあそんなに簡単にはいかないか。


 ん、蘭華らんかちゃんから、ことちゃんが通ってる学校の候補……複数が入ってきた。うん、みんな水泳の強豪校だね。あの時TV会議で話したことは案外的を射てたかも。



 たぶん、あと少しで確定する。

 最後は連絡を取らなければいけないんだから、もし人違いだったら不審者扱いだよ。



 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 あ、電話……慈枝だ。出張終わったのかな?


『もしもし、お兄ちゃん。琴菜ちゃんを探してるんだよね』

「みんな協力してくれてね。そうだ、Kamal(カマール)がはやてさんのことをなんで相談してくれなかったのかって嘆いてた」


『……それは、正式にお付き合いするようになってから報告しようと思ってたの』

「僕は最初っからヒマや晶にばらされてたけど、確かに、こういうのは打ち明けにくいよな。一応Kamalには謝っておいたよ」


『ゴメン、おにいちゃん……それで、琴菜ちゃんの方はどうなの?』


「蘭華ちゃん――ことちゃんの同級生だった子から、ことちゃんが通っている可能性の高い学校の情報が入ってきた。まあ複数だけど。こればっかりは人違いでしたは困るからな〜」

『それは、そうね』


『あの…まだ、琴菜ちゃんも見つけられていないのに、こんなことを頼むのは良くないと思うんだけど……』

「颯さんのことか? 大丈夫。琴菜ちゃんと会うことになったら尋ねてみるよ」


『うん、お願い……ありがとうお兄ちゃん』

「僕は慈枝のお兄ちゃんだから尽力するよ。ただ、相手のあることだから」

『無理はしないでね……颯君に付き合ってる人がいて、その人が魅力的だったら……』

「だからそうじゃないことを祈るよ」

『うん、ありがとう。また電話するね』



 そうなんだよな。ことちゃんにがいたら、どうするか。

 いずれ、会って話をすることになるんだけど、卒業されてたり、完全に忘れられてたり……


 忘れてる相手の記憶を呼び覚まそうとしていいのかな?



 それより、12年前の相手に興味ないとか言われたらどうしよう……


 “相手のあることだから”ってこんなに重いものなんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 本当のところ、インハイの配信があるかどうかわかりませんが、ともかく、ちょっとづつ、ちょっとづつ前に進みだしました。


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