第50話

「ただいま」

『お帰り、お兄ちゃん。外は?』

「まだ、雨風はそんなにひどくないな」

はやて君に電話したら、避難準備はできてるって言ってた』

「そうか」


『――この台風の東側には非常に活発な雨雲があり、夜半から未明にかけて猛烈な暴風雨になることが予想されることから、河川の氾濫、土砂崩れ等への厳重な警戒が必要――』


『――はい、自主防災会立ち上げですね、直ちにコミセンに向かいます。他の方たちの招集は――』


美都莉みどり、聞こえたよ。気を付けて行ってこい。あー高齢者が多くなってるから、手が足りなかったら呼んでくれ』

『ありがとう、隼人はやとさん。ご飯は申し訳ないけど冷食をレンチンして食べて。いろんなのがそろえてあるから』

『いつも言ってるだろ、冷食で全然OKだよ』


「母さん、傘は無理だと思う」

『私も傘は危ないと思う。お兄ちゃん、カッパ貸してあげたら?」

「うん、使って」

『…そうね。芳幸よしゆき、悪いけど貸してもらうわ』


『じゃあ、気を付けて行ってきて、くれぐれも川に近づいちゃだめだよ』




『――以下の地域に避難指示が発令――』


『おい、隣町に避難指示が出てる地域があるぞ。ああ、警戒水位を超えてる』


 スマホを取り出して確認すると……やばい、ことちゃんちを含む地域に避難指示が出てる。


「父さん、ことちゃんち周辺に避難指示が出てる」

『避難してくれていればいいけどな。あそこの公的防災とか自主防災会はどうなってるんだろう』



 テレビ、スマホ、母さんのパソコンで情報を流しっぱなしにした。


『おい、水が堤防を越えたぞ』

「…これ、ことちゃんちのすぐ近くだよ!」

『なに、本当か!』


「安否を確認したい。行くことはできない?」

『お兄ちゃん冷静になって。今ものすごい暴風雨だよ』

「いや…ことちゃんが…」

『ちょっと待ってろ、何とか安否が確認できないか美都莉を通じて試みてみる』


「僕も江梨えりさんの連絡先はわかるから電話してみるよ。慈枝よしえはやてさんの連絡先分かるだろ?」

『うん、かけてみる」


『美都莉どうだ?』

『川沿いの地区の避難は完了して、全世帯の全員が確認できてるわ』

『ああ、あの地区の避難は完了したか、よかった。その、もし、わかったらでいいんだけど、琴菜ことなちゃんちの近くで川の水が堤防を越えたらしい。何とか安否確認できないかな』

『琴菜ちゃんちの近くの川が氾濫したという情報はこっちにも入ってる。悪いことに交通が寸断されてて、ひょっとしたら避難も救助活動もうまくいってないかもしれないわ。避難所の情報だけど、会長が該地区の自治会に連絡を試みたけど繋がらなくて、だから申し訳ないけど安否は確認できてないの』


 圏外……


「江梨さんは圏外か電源が入ってないそうだ。慈枝、颯さんは?」

『颯君も同じ』


 現地に行って確認するほかないけど……


『芳幸がな、冷静をよそおってはいるが、現地で確認するために行きたいと全身で無言で言ってる』

『その気持ちは良くわかるし、行かせてやりたいのもやまやまだけど、今、電車は止まってるし、市境の橋が冠水してて相当遠回りしないといけないそうだし、第一、前が見えないほど暴風雨がひどいわよ』


『芳幸』


「ごめん、父さん。動揺して心配かけた。涼原すずはら家はきっとちゃんと避難してるよ。あ、僕ご飯作る」


『お兄ちゃん……』


「ごめん、慈枝もつらいと思うけど、ちょっと一人で作業させてくれ」


 手を動かしてないと、崩れそうだ……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 眠れなかった。


 母さんは、申し訳なさそうな顔をして昼前に帰ってきた。


『芳幸、悪いニュースで申し訳ないんだけど、あの地区の避難所には涼原という人はいなかったと連絡があったわ』

「いや、母さんは悪くないよ。それに……ダメだったことが明らかになったわけじゃないから」

『ダメだったって……そんなことを言わないでよ』

「うん、ゴメン。寝てないから少し休むよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『そうか、琴菜ちゃんの一家がな』

「うん」

武川たけかわ君、メールとかで連絡がつかないの?』

『お母さんの江梨さんとお兄ちゃんの颯さんの電話番号、メールアドレスはあるんだけど、メールは一向に返事なし、音声通話は圏外、ひょっとしたら電源がはいっていない』

『その二人分だけなの? 以前話してくれたお祖父ちゃんとかお祖母ちゃんは?』

「連絡先を聞いてなかった。住所すらわからない」

和真かずまに“味方は多いほどいい”とアドバイスをもらったが、そのためには通信経路の確保が必要という点に思い至らなかった……反面教師だな」

『芳幸くん……』


『あれから何日か経つけど、自宅に戻ってないのか?』

「戻ってない、というか住むことができないような状態だった。片付けのボランティアに志願して行ってみたんだけど……1階は人の背丈ぐらいまで浸かったらしいし、サッシが壊れている等、かなりひどい状態で、また、敷地が洪水でえぐれてて、建て替えも難しそうだ』


 ことちゃんの花壇が完全に流されてたんだよな……


「もう、帰ってこないんじゃないかな」

『Yoshiyuki、友達として“元気を出せ”と言うべきなのかもしれないが、無責任すぎると思うから言わない。その代わりに、何か手助けできることがあったら言ってくれ』


「ありがとう、Taoufik」


『芳幸くん、探すとしたらどうするの?』

「それがな……ずいぶん考えたんだけど……“涼原すずはら 琴菜ことなっていう子を知りませんか”と聞いて歩けないだろう」

『うん、間違いなく不審者扱いされるな。悪いけど』

「となると、街を歩いて行き当たることを期待するしかない……」

「そんな、点と点がぶつかり合うのを期待しても……定点観測は……で観測すればいいかわからないか。うーん」


「みんなゴメン。こんな袋小路でしかない話題になってしまって。考えが整理出来たらまた話す。今日はありがとう」



『あまり、思いつめるなよ』


 ありがとう。


 だけど……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 あとがきが書けません。

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