第46話 家路

『お手柄だったね。唐揚げ1個おまけしとくよ』

「え、いいんですか。ありがとうございます」

『おじちゃん、ありがとう』

『おう、こんなかわいい子にお礼を言われると嬉しいね。今日ほどこの商売をやっててよかったと思ったことはないよ』


 ちょっと大げさ?


 唐揚げやあんドーナツはおまけが付き、牛串やお好み焼きは、ここで食ってけ、話を聞かせろとバックヤードの椅子をすすめられた。

 どうやら英雄扱いされているらしい……そんな超人的なことをしたわけじゃないんだけどな。

 ことちゃんが笑顔でお礼を言うから……屋台の店主ってみんなお兄ちゃんモードか?



 そんなこんなで、心地よい疲労感と、満腹を感じながら家路についた。

 もう、日没して、星が見え始めてる。


『お祭り楽しかったね』

心肺蘇生しんぱいそせいなんてことがあったけど、食べ物もおいしかったし、楽しかったよ』

『よーくん、かっこよかったよ』

「そうか? まあ、ことちゃんに言ってもらえるとうれしいよ』



『おんぶ』

「ああ、いいぞ。ほれ」


『よーくんの背中、大きい』

「おじいちゃんの背中はもっと大きんじゃないの?」

『おじいちゃんの背中は大きいけど、うまくつかまれない』


 そうか、あんまり大きすぎるのも考えものだな。



『ねえ、歌うたって」

「あんまり得意じゃないけど、いい?」

『うん』


「遠き山に 日は落ちて 星は空を 散りばめぬ」

「今日の技を なし終えて 心軽く 安らえば」

「風は涼し この夕べ いざや 楽しき まどいせん」

「まどいせん」


 ことちゃん、寝ちゃった。

 そういやヒマやあきらをこれで寝かしつけてたんだよな。



「ただいま」

『おかえりなさい、こーちゃん、寝ちゃったんだ』

「帰り道で。歌うたってくれって言われて、”遠き山に日は落ちて ”を歌ったら、寝ちゃったんだ。そういえば、これは昔、父さんの幼馴染の子どもを寝かしつけるときにうたってた歌だよ」

『ハハ、こうかは ばつぐんだ!だったんすね』

「そうなんだ」


『どうしたの二人して。あー寝ちゃったのね。着替えさせるから手伝って』

「僕もですか?」

『いいじゃない、お風呂に一緒に入った仲でしょ?』

「それとこれとは」

『はい、グダグダ言わない』


 江梨えりさんって本当にすごいね。僕はヒマとか晶を着替えさせたことはあるけど、ここまで手際よくできなかった。お兄ちゃんモードじゃここまでできないね。



『じゃあ乾杯。今日は、お疲れさま』

『『『『「お疲れさま」』』』』


 ことちゃんと受験勉強中のはやてさん除いた全員がリビングに集まった。

 ローテーブルには飲み物とスナック菓子が出されている。


『改めて、芳幸よしゆきくん、お手柄だったね』

「ありがとうございます。講習会で習った手順を追いかけるのに精いっぱいで……あ、そうだ鐘治かねはるさん、江梨さん、使って申し訳なかったです」

『いやいや、AEDを用いた心肺蘇生しんぱいそせいはああいう役割分担が妥当だよ』

『実働は“AEDを持って来た”と“119番通報”だけだから、大したワーク量じゃなかったわよ。それに、私たちが習ったことから見ても、ほぼ完全な手順だったと思うわ』


『ぶっ倒れても引き継いでくれる人がいるのは頼もしいです。鐘治さん、江梨さんに加えて勝旦まさるさんも待機してくれていたんですよね』

『俺は3人目の待機だったけど、緊張はした。でも、芳幸さんは、ものすごいプレッシャー下でやりぬいたんだから、我々は君を誇らしく思うよ』


『芳幸くんは、あの方の奥さんの声を聞いて迷うことなく駆け付けて心肺蘇生しんぱいそせいをしたそうですね。のぼるさんが“義を見てせざるは勇なきなり”と言ってましたが、まさにそれを実践されましたよ』


 みんながほめてくれる。うれしい……けど照れくさいかな?



『よーくん……』

「あ、ことちゃん目が覚めた? お風呂どうする?」

『よーくんと入りたい』

「よし、入ろう。江梨さん、ことちゃんをお風呂に入れますよ」

『はい。ごゆっくり』




雅樹まさきくんのお父さん大丈夫かな?』

「うん、今頃はお医者さんに診てもらってると思うけど、きっと大丈夫だよ」

『うん。きっと大丈夫よね』


『あのね、今日、蘭華らんかちゃんがずっと雅樹くんにくっついてた』

「蘭華ちゃんって、前に駅であった子だよね。いつのまにかいたね」

『雅樹くんをずっと励ましてたし、“神様にお願いしてあげる”だって。ひょっとしたら好きなのかも』

「ふーん、良いことじゃないかな」

「ことちゃん的には雅樹くん来なくなるからいいんじゃない?」

『そうよ。でも心配』

「そうだね」




「お風呂空きました」

『はい。そうそう、さっき雅樹くんのママから電話があって、パパさん、少し入院しなければならないみたいだけど、大丈夫みたい』

『「よかった」』


 ことちゃん、雅樹くんにちょっと苦手意識を持ってたみたいだけど、解消したみたいだね。こっちもよかったよ。


「じゃあ、寝ようか」

『うん』


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。



「遠き山に日は落ちて」


 作詞:堀内 敬三

 原曲:交響曲第9番「新世界より」から第2楽章「ラルゴ (Largo)」の主題部分

 原曲の作曲者:アントニン・ドヴォルザーク


 実際この歌をうたって寝かしつけてました。


 第4楽章「アレグロ(Allegro)」もいいですよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る