第43話 月のない夜

「ことちゃん、オオマツヨイグサそろそろ咲いてるんじゃない? 見に行ってみようか」


 月が出てるといいんだけど。


『今日の月の出は23時半ごろだから、今は月明りなくて暗いぞ。足許に気を付けてな』

「あ、そうですよね、鐘治かねはるさんありがとうございます」

『パパ、ありがとう』


 あれ?鐘治さん、なぜ月の出時刻を知ってるの?


『鐘治、なかなかいいアドバイスをするじゃない。でも、男親としてはどうなの?』

『おばあちゃん、からかわないで。幸嗣ゆきつぐさんも勝旦まさるさんも頑迷じゃなかったでしょう。俺もそうですよ』

『フフ、芳幸よしゆきくんを認めてるのね』


『(ヒソヒソ)芳幸さん、良かったっすね』

「(ヒソヒソ)はやてさん、逆に責任重大だよ。あ、由莉ゆりさんが色々聞きたいことがあるらしいよ」

『ええっ!』


『よーくん、何してるの?』

「分かったすぐいく。颯さんご武運を」


『芳幸くん、懐中電灯いる?』

「すいません貸してください」



『あ、咲いてる』

「ほんとだね。ことちゃんじっとしててね、懐中電灯を消すから」


 目が慣れると、微かな街明かりに照らされたオオマツヨイグサの花の可憐さが良くわかる。


『意外と大きい花よね』

「鐘治さんが“月に向かって静かに微笑む”って言ってたけど、わかるような気がする……不思議な魅力があるね」

『うん』


「満月のときのこの花を見たかったね」

『うん……ね、よーくん』

「なに?」

『よーくんと一緒にお月見したい』

「そうだね。幸い夏休み中だから、8月の満月の日に合わせて泊まりに来ようか?8月だとお月見じゃないけど」

『うん、来て』


 よし、じゃあガンガン勉強して“8月の満月の日と翌日”を空けよう。

 見てろよ、課題積み上げ予備校講師め!



『写真は撮れない?』

「残念だけど、暗くて無理かな。ライト点けたらオオマツヨイグサの雰囲気が台無しだと思う」

『残念ね』



「いつまでも見てたいけど、そろそろ行こうか」

『ちょっと待って』

「ん?」

『……ギュッてしてほしい』


 ……月はないけど、夜って魔力があるね。


 ことちゃんの正面に廻ってしゃがんで、



『汗が出てきたよ』

「そうだね。僕も汗が出てきたよ。臭くない?」

『ううん。よーくんの汗、スイカみたいないい匂いがする』

「前にもそう言ってたね。そろそろ家に入ろうか」



 リビングに戻ると、勝旦さんと千緋呂ちひろさんは洗い物、鐘治さんと江梨えりさんはタブレットで動画を……イヤホンを半分こして視聴してる……いやはやなんというか…


『どうでした?』


 テレビを見てた由莉さんが聞いてきた。


『咲いてた』

「いい花ですね。月によく似合いそうです」

『それは良かったです。お風呂空いてますよ』

『よーくん、お風呂入ろ』


 知らない人がいたら反対されるんだろうな。


「えっと」

『フフフ、二人が一緒にお風呂に入ったことがあることも、一緒に寝たことがあることも知ってますよ。どうぞ遠慮なさらず』


 全部ばれてるよ……


『おう、入ってきな』

『ちゃんと洗って汗を流してくるのよ』


 これもばれてる?


「は、はい、じゃいただきます」




 季節が季節だから、湯舟には浸からず、シャワーで済ませることにした。


「ヌルヌルするところない?」

『うん。大丈夫』



「パパとママはいつもイヤホンを半分こしてるの?」

『うん。ケンカしてるときは違うけど』

「意外だね、あの二人ケンカすることあるの?」

『すぐ仲直りしちゃう』


 じゃ、あんまり深刻なケンカじゃないんだな。安心した。


『あのね、よーくんとイヤホン半分こしてみたい』

「ああ、イヤホンなら持って来てるから、やってみようか」


「よし、上がろう」

『うん』



 皆さんに挨拶してことちゃんの部屋に引っ込んだ。


『よーくん、早く』

「うん、待ってろ。えーと、イヤホン……あった」


 いつものように、ことちゃんの左隣に座る。


「ことちゃん。これ右耳に入れて」


 右耳用イヤホンをことちゃんの右耳に、左耳用イヤホンを僕の左耳に入れる。


「ことちゃん、どんな音楽聴きたい?」

『よーくんの好きな音楽が聴きたい』

「うーん。僕が好きなのはクラッシックだけど、長いよ?」

『クラッシックてどんな音楽なの?』

「歌は無くて、バイオリンとかで……やっぱりやめとく? アニメの音楽にしようか?」

『ううん。聴きたい』

「うーんと、じゃこれにしよう」


 動画配信サイトでビバルディの春を検索して、再生開始。

 これ、中学校1年の時、音楽の授業で聞いていっぺんに好きになったんだよね。



「どうだった?」

『とっても良かった。これ、なんて曲?』

「春って言うんだ。ビバルディって人が作ったんだ」

『お花がいっぱい咲いてるような感じだった』

「僕も初めて聞いたときにそう思ったよ」


 ことちゃんが嬉しそうになった。


『よーくんも同じことを思ったのね。良かった』


「今度は、ことちゃんの好きな音楽にする?」

『うーんと、じゃあ――』



 何曲か聞いたところでことちゃんの目がトロンとしてきた。


「そろそろ寝る?」

『うん』


 ベットに入り、いつもの通り……といっても3回目だけど、腕枕をした。


「おやすみ」

『……』

「どうしたの?」

『ううん、何でもない。おやすみ』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 バロック音楽のうちで特に好きなのは、ビバルディの“春”と“冬”、ヘンデルの“オンブラ・マイ・フ ”です。

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