第41話 時を超えて

由莉ゆりさん、僕はのぼるさんじゃなくて、武川たけかわ 芳幸よしゆきといいます」

『……ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。芳幸……くんのことは知ってたんですけど、あまりにも昇さんに似てて……昇さんが他界したのは私が一番良く知ってるのに、取り乱してしまいました』


 ありゃ、由莉さん老け顔になっちゃった。


「僕は大丈夫ですよ。ちょっとお話しさせてもらってもいいですか」

『はい』

 …

 ……

 ヨシ!


「由莉さんは昇さんとどこで知り合ったんですか?」

『私は戦時中横須賀の海軍病院で看護婦をしており昇さんが入院されてきたのが知り合ったきっかけです』


 看護婦?


『看護婦とは今の看護師のことよ。昔は女の仕事だったから“婦”なの』

「ああ……ありがとうございます江梨えりさん。すいません由莉さん」


『言葉遣いも昇さんに似てますね』


 すこしうれしそうな表情になった……表情の変化の仕方がことちゃんに似てるよ。


「昇さんが入院した理由を教えていただいてもよいでしょうか」

『はい、結核でした。全快は覚束ないのではと思われるほど進行していたようです』


『昇さんは、もう治らないことがわかっていたんでしょう、やさぐれたり、先生や他の看護婦に当たったりしてたんですが、私の言うことだけはおとなしく聞いていたので、昇さんの担当は私だけみたいになってました』

『入院後しばらくたつと、いくらか落ち着かれましたけど、苦しい時には、手を握って欲しいとお願いされました』


『おっきいおばあちゃんは手を握ってあげたの?』

「さあ、どうだったかしらね』


 ちょっと待て、由莉さん肌艶が……


『ある時、昇さんは強引に病院から外出許可をもらって、デートに誘ってくれました』


 入院先の看護師とデートって……


『どんなデートしたの?』

『こーちゃん、あの時代、遊ぶところも、食べるところもないから、街を散歩して、ご飯は家で食べることにしたのよ』


『昇さんを我が家に連れてったところ父母はびっくりしましたが、事情を話すと快く迎え入れてくれました。そのあとなぜか父母はそろって家の奥のほうに引っ込んでしまいました』

「変な気の使い方ですね」

『確かにそうですね。食事ですが、昇さんに無理はさせたくなかったので私が作ろうとしたんですが、昇さんの希望で教わりながら一緒に作ることになりました』

『昇さんはとても一生懸命に丁寧に教えてくれました。自分が長くないことをを知ってて、自分が成し遂げたこと、自分のことを私に覚えておいてほしかったんだと思います』


「なんていう料理を作られたんですか?」

『フーカデンビーフという卵と牛肉を使った料理です。卵とか牛肉は畜産をやっている親戚から手に入りましたのでこの時代でも家にありました』

『ちょっと待って、フーカデンビーフって昇さんから教わったものだったの?』

『そうよ江梨。あの頃はお料理教室なんてなくて、料理はほとんどは母親から習ってました。フーカデンビーフは海軍の伝統料理でこれを知る機会は海軍の人、私の場合は昇さんに習うしかなかったの』

『なんでも、昇さんが勤務していた軍艦では良く出されていたそうよ』




『食事のあとは……少しお話をして病院に帰りました』


 言い淀んで、ますます肌艶が良くなった……昇さん何やったんだよ!?


『おばあちゃん、昇さんはどうなったの?』

『ほどなくして他界され、遺骨は奥様が引き取りに来られました』

『おっきいおばあちゃん、“他界”ってなあに?』

『“他界”とは死ぬってことですよ』


「……由莉さん、昇さんは僕の曽祖父そうそふだと思われます。僕が知ってる情報と一致します」

『お顔、しゃべり方ともとても似てらっしゃるので、曽孫ひまごかその世代の方ではと思ってました』


『よーくん、曽祖父って?』

「うん、ひいおじいちゃんのことだよ」


『よーくんのひいおじいちゃん、病気で死んだなんてかわいそう』

「ことちゃん、結核は怖い病気なんだ。だから、ちゃんとご飯を食べて運動しないとね」

『うん』



『フフ、私達だけではなく曽孫同士も縁があるというのは不思議なことですね』


 もう一組いるぞ。はやてさんは図書館で慈枝よしえの指導というか特訓を受けている。

 頼むぞ慈枝。落ちられでもするとことちゃんに申し訳ないし、慈枝も面白くないだろ。


『こーちゃん』

『なあに、おっきいおばあちゃん』

『こーちゃんは芳幸くんのことが好きなんでしょ』

『うん』

『だったら、芳幸くんが一生懸命になっていることはわかってあげてね。私が昇さんが一生懸命に料理を作ろうとしたことをわかってあげたみたいにね』

『?』

『もし、どうしたらいいかわからなくなったらママに相談してね』

『うん、わかった』


『芳幸さん。琴菜はとても賢くて優しい子ですからよろしくお願いしますね』


「はい……あの、曽祖父の最期を看取っていただきありがとうございました」

『あの時代、最期を看取るのは医師や看護婦だけということがたくさんありました。悲しいことですが』

「でも、まあ、手を握って欲しいなんてとんでもないスケベオヤジで申し訳ないです」

『いえいえ、ご自分の曽祖父をそんなに悪く言わないでください』


 “悪く言うな”か……70年ぐらいたってもそんなことを言わせてるんだから、十分悪い男だよ。


『奥様はご健在ですか?』

曽祖母そうそぼ柚布子ゆうこは5年前に他界しました。由莉さんのことを知っていたかどうかわかりませんが、でもまあ、ちょっと可愛そうです」


『あの時代の女は弱くないですよ。生きるのに精いっぱいでしたから逆に強くなったのかもしれません』

「え、どういうことですか?」

『私は戦後結婚しましたから奥様の気持ちが本当にはわかっていないかもしれませんが、とてもせわしない時代でしたから奥様が私のことを知ったとしても“そんなことにかかずらわってる暇はない”と不問にしたんじゃないでしょうか、

『まあ、今はヒマでしょうから、“あの時あなたは!”とか言ってほっぺをつねってるかもしれないですね』


「うちは、ちょっとしたお祝い事などの時にフーカデンビーフを食べます。聞いた話では、曽祖父から伝わったそうです」

『芳幸さん、涼原すずはら家も同様だよ。義母さんと芳幸さんのひいおじいちゃんを起点にして涼原家と武川たけかわ家がフーカデンビーフでつながっていたなんて、ちょっと素敵だな』



『皆さん、今夜はただ今話題沸騰中のフーカデンビーフよ』

『江梨、手伝わせてもらえる? 昇さんの曽孫に食べさせるんなら私が作らないと。』

『よーくんが食べるんだから私も手伝う』



『お義父さん、武川家の男はモテる奴ばっかりなんですね?』

『うん、そうだな。どうしてかは知らないけどな』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 結核治療を結核研究所(現在の複十字病院)ではなく横須賀海軍病院で行っていたのか等の医務については確認できていません。また、私は医者ではないので結核という病気のこと及び医学用語も全然です。

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