第39話 絶対探しだして、会いに行く

『こんにちは、よーくん』

「こんにちは、ことちゃん。江梨えりさんは?」

『水着が小さくなってきたから、新しいのを買ってるの』


 水着って結構値が張るんだよな……


「ことちゃんは背が伸びたね」


『おっぱい大きくならない』

「お……まだ大きくならないよ。えーと小学校の3年生か4年生ぐらいからかな」

『よーくんは大きいおっぱいがいいでしょ?』


 これ、お兄ちゃんモードに付き物のだけどむずかしい質問なんだよな。


 Yesだとことちゃんを対象としてると見られるし、Noだと自分を女だと認識してる―この年頃の子は、おっぱいが女の象徴と思ってる―ことちゃんを傷つけてしまう……が……


「大きくなるのを待ってるよ」

『……うん!』


『あのね、ネモちゃんがれいくんに告白したんだよ」

「ネモちゃん……えっと一回会ったことがあるよね」

『うん。でね、いつもおままごとしてる』

「玲くんもやっと、望みがかなったというわけか。うれしかっただろうね」

『ラブラブよ』

「そうか、よかった」



 江梨さんが合流、ことちゃんは新しい水着を持ってヒマとパウダールームに向かい、江梨さんと僕はプールが一望できるギャラリーに移動。



芳幸よしゆきくんは進学?』

「はい。志望校は決めてます。ちょっと遠いので、大学の近くのアパートに住むつもりです。それで月イチで帰省してことちゃんに会いますよ」


 え、沈黙?


琴奈ことなはね、保育園に入ったばかりのころ、1つ年上に気になる男の子がいたのよ』

『その子はちっちゃい子の面倒もよく見ると子で、他の男の子より大人びていたから気になったみたい。ある意味、芳幸くんに似てるかもね」


『ところが、その子の家庭の事情……ご両親が離婚してお母さんと一緒にお母さんの実家に引っ越したの。それ以来消息不明』



『いきなり消息不明で関係消滅なんて哀しすぎるわ。琴菜にとっても、その子にとっても』

『だから芳幸くん、琴菜が寂しい想いをしないよう必ず帰省して会いに来てやってね。電話でも話してやって』


 当たり前だけど、江梨さんものすごく真剣な顔……これ、最初話した時の顔だ。そうか、そういう背景が……

 ことちゃんの一生懸命さも分かる気がする。


「はい、必ず帰省して会いに来ますし、電話します」


『約束よ……は私とじゃなく琴奈と交わして』


 この件は、その子のご両親が不仲になったのが、ことちゃん……とその子の悲しみの起点だ。恋愛関係のうちは別れたとしてもそれは当人達への影響だけだけど、婚姻関係にある二人が別れたら無力な子どもまでも巻き込んでしまう。だから結婚は慎重であらねばならない、ということか。


 今度、父さんたちに何をもって結婚を決めたかを聞いてみよう。


『で、大学は受かりそう?』

「順調です。先生には油断するなって言われてますが」

『何事においても油断は禁物よ』


「比較的余裕があるのは夏休みまでです。夏休みに入ったらプールも慈枝よしえに替わってもらうことになってます」


 運動部員が引退してしてくると影響がでかいって先輩が言ってた。脳筋ばかりじゃないということか。そりゃそうだ。


「プールで会うことができなくなるので、月に1回ぐらいの頻度で泊りに行ってもいいですか? もしよかったらでいいんですが」

『こーちゃんと話してみて。毎日がいいって言うかもしれないけどね』


 それは……


『冗談よ。月1回が妥当なところかもね』

「僕も平日の比重を大きくして、土日の融通が利くようにします」

『あんまり無理はしないでね』



 ことちゃんが上がってきた。


「ことちゃん、僕来年の春から大学に行くんだ。で、遠くておうちからは通えないから、大学の近くに住むために引っ越しするんだ。それと夏休みからは勉強を頑張らないといけないからヒマや晶をプールに連れてくるのも慈枝よしえに替わるんだ。だけど、ことちゃんに会えないのはイヤだから、時々ことちゃんちに泊まりに行くし、電話でお話ししよう」


 いけない、ことちゃんの顔が曇りだした。


『よーくん……引っ越しちゃわないで。プールも来て』


「ことちゃん、僕は大学でいっぱい勉強してことちゃんを迎えにくるよ」


『よーくんがいなくなっちゃう……』


 泣き出しちゃった。


「大丈夫だよ。僕はいなくならないよ」

『琴菜。琴菜は芳幸くんのことが好きなんでしょ。だったら、芳幸くんを信じてあげないと』

『でも、また……』


 か……忘れられないんだな……そりゃそうか。でも、ことちゃんを癒やしきれてないことがちょっと悔しい。


 どうする?ことちゃんを今日ウチに招いて……いかん、今日は父母ともいないんだった。


 であれば、ちょっと恥ずかしいんだけど……


『よーぐん……』

「大丈夫だよ。僕は絶対ことちゃんに会いにくるよ。たとえ離れ離れになっても絶対探しだして、会いにくるよ。ずっと一緒だよ」

「……うん」


『芳にぃ、大胆〜』

「ヒマ、うっさい!」


『確かに大胆ね。こんなにたくさんの人の前でハグなんて』


 他の人? 目に入らないからいいです。


『よーくん、本当に会いに来てくれる?』

「うん。約束するよ」


 やっと、泣き止んでくれた。



『ね、芳幸くん、誕生日は7月23日だっけ?』

「はい」


『こーちゃん、今度、おばあちゃんたちが泊まりに来るの。おばあちゃんたちと一緒に芳幸くんの誕生日パーティーする?』

『うん!』


『芳幸くん、7月19日から21日の3連休で私の父母とおばあちゃんが泊まりに来るの。その時に芳幸くんの誕生日パーティーしない?』


 こーちゃんをその気にさせてるんだから、外堀埋まってるよ。相変わらずかなわないね。


「あの、江梨さんのお父さん、お母さんは僕のことをご存じなんですか?」

『もちろん。父母ともに大層興味を持ってるし、祖母も喜んでるよ』


 今の成績なら前後の平日に少し頑張れば休日を丸々開けることはできるし、父さん、母さんも許してくれると思う。


「いつもすいません。お邪魔させていただきます』



 そうだ、江梨さんのお父さんって酔って寝てた巨漢だよね。


『父は、怖くないからね』



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 をナメちゃいかんよ。

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