第37話 指切り

 写真の印刷が完了した……が、うーん、どうしよう。


 というのは、慈枝よしえはやてさんのツーショット写真、ことごとく颯さんが微妙に慈枝の方に傾いている。ほほえましいけど、当人達が恥ずかしがるのではないか、と。


 よし、ことちゃん用は全部入り、武川たけかわ家、涼原すずはら家用はその写真を除いたアルバム、除いた写真を二人にプレゼントしよう。


 だからあと2セットと写真を1セット印刷だ。


 ん、フォトペーパーは……焼き増しを考えたら心許ない。

 おっと、インクが減ってきた……もてばいいんだけど。


 母さんに交渉するか。

 ことちゃんにも“お小遣いが足りなくなったらおかあさんに相談してね”と言われてるから。



 母さんは、ソファで編み物の雑誌を見てた。


「今、海浜公園の写真を印刷してるんだけど、焼き増し頼まれたらフォトペーパーもインクも心許ないんだ。だから、フォトペーパーとインクのセットを買ってもいい?」

『うち用、涼原家用とは別に、琴菜ことなちゃん用を作ろうとしてるんでしょ。そりゃフォトペーパーもインクもなくなるわよね』


 3部印刷するのがなぜわかった?


『いいわ、発注しなさい』

「ありがとう。じゃあ、パソコンを使わせてもらうよ」

芳幸よしゆき、ちゃんと相談すればお小遣いが足りなくても何とかなるもんでしょ』

「うん。ありがとう」

大事なことだからね』


 うん。


『それと、見られて恥ずかしいと思われるような写真は、本人だけに渡すこと』


 慈枝たちのツーショットのこと知ってるのかな?



 例の写真を先に取り分けておいて封筒に入れて、残りをアルバムに入れる。


 渡し先を間違えないよう、付箋を貼って……よしできた。


 チェックがてら、改めて写真を見てみる。


 花畑のことちゃん可愛かった。

 菜の花も、ネモフィラも……



「慈枝、いいか」

『いいよ』


「海浜公園の時の写真ができたぞ」

『ありがとう……これだけ?』

「慈枝と颯さんのツーショット。他はリビングに置いてるアルバムに入ってる」


 封筒から、写真を取り出して見つめている。


「みんなに見られると恥ずかしいかと思って」


 時々表情が動いてるようだ。いい傾向?


『うん、お兄ちゃん、ありがとう』




「母さん。アルバムできたよ」

『ああ、ありがと。そうだ、ヒマちゃん風邪ひいたんだって。百合那ゆりなさんは今日はパートないから、百合那さんがヒマちゃん看るんだって」


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


 ん、槙野まきののおばさんからだ。


『聞いてると思うけど、ヒマは今日プールお休み。で、あきらだけ連れてってやってくれないかしら』


 は?

 スクールの生徒じゃない晶をスクールに連れて行く?


『晶ったらももちゃんと遊びたいんだって。それに、琴菜ちゃんが待ってるんでしょ』

「渡すものはあるけど」

『エンゲージリング?』

「連休に行った国営ひたち海浜公園の写真」

『なんでスルー?』

「民法第731条の規定に基づき」

『ノリの悪い子ね。まあいいわ、よろしくね』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「こんにちは、ことちゃん、江梨さん」

『こんにちは、よーくん』

『こんにちは、芳幸くん』


 晶は桃ちゃんとおもちゃで遊んでいる。

 ことちゃんがキョロキョロして……ヒマを探してるんだな。


『ヒマちゃんは?』

「風邪ひいたんだって」

『そう……大丈夫なの?』

「ヒマのお母さんが看てるから大丈夫だよ」

『早く良くなるといいね』

「そうだね」


「写真出来たよ。これがことちゃんの分。こっちは江梨えりさんにあげます」

『ありがとう。見ていい?』

「もうプールの時間だから、ママに預けて終わってから見たら」

『そうする』



『こーちゃんの分と私がもらった分で違いがあるの? って、私がもらったアルバムは無地、こーちゃんのアルバムは花柄。これだけ差をつけられるとちょっと考えちゃうわね』


 えっ……いや、それは……勘弁してください。


『無自覚の選択みたいね。まあいいわ。それで、中身も違うの?』

「えっと……」

『違うのね』


 かなわないな、この人には。


「ことちゃんにあげたのはすべての写真が入ってます。江梨さんにあげたのには何枚か入ってない写真があります」

『どんな写真が入ってないのかしら?』


「颯さんと慈枝のツーショット写真なんですが、颯さんの体が微妙に慈枝のほうに傾いてて」

『うん。それは颯は私達に見られたくないかもね』

「はい、そう思って別にしました」


『で、どうやって颯に渡すの? また、うちに泊まりに来る?』

「そんなにいつもお邪魔でませんよ。これはことちゃんに託そうと思います。知らないフリをしてあげていただけますか」

『武川家はこーちゃんの“おとうさん”、“おかあさん”の家なんでしょ。涼原家は芳幸くんの“おとうさん”、”おかあさん”の家と思ってもいいのよ?でも、まあ、わかったわ』



 ことちゃんがプールから上がってきた。

 江梨さんは、気を利かしてくれてるのかな、ギャラリーでママ友さんと話をしてる。


「ことちゃん、これを颯さんに渡して欲しいんだ」

『これ何?』

「颯さんと慈枝のツーショット」

『見たい!』

「ことちゃんの持ってるアルバムには入ってるよ」


 ことちゃん用アルバムの……確かこのへん……


『お兄ちゃんったら慈枝さんのほうに傾いてるね。ちっちゃい子みたい』

「ハハ、だからこの写真は他の人には内緒」

『うん』


『「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った」』


 小指に、他の人に見えない跡が残った?

 ことちゃんも小指を気にしてる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 “げんまん”とは、“げんこつで一万回殴る”という意味だそうです。おそろしい。

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