第36話 男の影?

 母さんが作ったお泊りセットには、ひげ剃りが入っていた。

 これ自体はよかったが、ことちゃんがめちゃめちゃ残念がってる。そりゃそうだ。


芳幸よしゆきさん、なんでまたこーちゃんは落ち込んでるんですか?』

「えーお泊りセットにひげ剃りがなかったらコンビニに案内してもらうって約束がありまして」

『しかし、お泊りセットにはひげ剃りが入っていたと』

「そう」


『芳幸くん、こーちゃんの替えの下着は芳幸くんちに置いてあるんでしょ。芳幸くんの下着もそうするから、したら?』


「……あ」

「お願いできますか」


 よし、それなら……


「ことちゃん、コンビニに連れてってくれない?」

『ひげ剃りあるんでしょ』


 そんな沈んだ声を出さないで。


「ことちゃんちにひげ剃りを置いておくことにするんだ。だからひげ剃りを買いたいから、お願いできる?」


 ことちゃんの表情がはじけた。

 そう、その表情のことちゃんがいい。


『……うん! 着替えて行こ!!』

「ちょっと、ことちゃん、着替えは……」

『いいじゃない。一緒にお風呂に入ったんでしょ』

江梨えりさん、それとこれとは『よーくん!』わかった、ことちゃん行こ」



 ことちゃんは白のオープンショルダーのトップスにピンクのひざ丈スカート、プレゼントしたポシェット、シンプルですね。


 オープンショルダーはちょっと小悪魔的かもしれない。



 駅とは反対方向に進んで、角を曲がったところにコンビニがあった。

 約2分ってところかな。


『近いでしょ』

「便利だね」



『いらっしゃいませ』



『よーくん、ごめん。ひげ剃りをどこに売ってるか知らないの』


 そりゃあ、知らなくて当然だよな。ことちゃん使わないもんな。


「大丈夫だよ。うーんと、あっちかな?」


「あった」

『これがひげ剃りなの?』

「うん。これと、シェービングクリームを買えばいいんだ」


 ひげ剃りは、これでいいとして……お!

 ここから、から、始まったんだよな。



『――円になります』


「ことちゃん、、ポシェットに入る?」

「いいよ」



『「ただいま~」』

『おかえり~』


『リビングにこーちゃんのアルバム用意してあるよ』

『お兄ちゃん、ありがとう』


『よーくん、私のアルバム見る?』

「うん、見たいよ。でもひげを剃ってくるからちょっと待ってて。あ、これ食べててもいいよ」

『ううん。このチョコは一緒に食べたいから待ってる』



「ことちゃんお待たせ」

『よーくん、おひげがないほうがかっこいいよ』

『えー、ママはひげがあったほうがワイルドでいいかな』

『ママは見る目がないよ』

『失礼ね』


「鐘治さん提案が」

『うん?  なんだ?』

「無精ひげを生やしてみてはいかがでしょう?」

『うむ……そうだな』



 先程買った、アーモンドチョコをつまんで……


「よーくんこれ、赤ちゃんの時の写真」

『生後1時間ね』


 そこに写っているのは無力な赤ちゃん。それが6年であんなにになる……つくづく人間ってすごいと思う。

 ところで、これは、分娩室での写真ということに気が付いた。


「これ、僕が見ていい写真ですか?」

『べつにいいわよ。まずいものが写ってるわけじゃないし」


 鐘治さんが泣きそうな顔で写ってるのは、ある意味まずいものかも?



「これは?」

『こーちゃんが生まれた日の夜に、私の父母と鐘治さんで酒盛りをしたんですって』


 座卓に空瓶ゴロゴロ、食べかけの裂きイカ、ジャーキー、サラミ……畳の上には大男と鐘治さん?がてんで勝手に大の字に寝てる。


「……ヒドくないですか?」

『まあ、そういうな。うれしかったんだよ』

『何言ってるの、後片付け――主に人間の後片付け――が大変だったって母が言ってたわよ』

『そりゃお義父さんのことだろ。芳幸くん、お義父さんは2m近い巨漢なんだ』


 ……


 よかった。鐘治さんが中肉中背で。



 動物園の写真。


「ことちゃん、これ覚えてる?」

『わかんない』

『2歳だったかな。まあ覚えてないだろ』

「ライオンを怖がってないですね」

『そうね。どんな動物を見ても喜んでたわ』



『この子ヨーゼフって言うの。可愛いでしょ』

『俺の実家で犬を飼ってたんだ。ヨーゼフはこーちゃんのことが大好きで、いつも一緒にいたな』

「アニメの影響を受けた方がいたんですね」



 幼稚園かな?

 背が低いような気がするけど。


『ああ、それね。保育園に通ってたころね』


 男の子と写ってるね。うん。この子、ことちゃんが好きみたいだな。

 男ゆえ男の視線の意味は分かる。

 え、ことちゃん焦ってる?


『よーくん、その子のことは好きとかじゃないの』

「何も言ってないけど」

『だから、その子は、私のことを好きだって言ってきたけど、この人子どもだから好きじゃないの……この写真ダメ! よーくんに嫌われちゃう!!」


 自爆しちゃったよ。

 もちろん嫌いになったりしないけど、安心させてあげないと。


「あーんして」

『いいの?』

「ことちゃんは可愛いから、ことちゃんのことを好きになる男の子はいるよ。でも、ことちゃんは僕のことが好きで、僕はことちゃんのことが好きだよ。だから大丈夫だよ」


 これでいいのかな?


『うん、ありがとう』


 モテるんだね。



『これは、あし……お兄ちゃん、どこだっけ』

『あしかがフラワーパーク。去年の夏に行ったんだよね』


 スイレンの池の端のことちゃんの写真。

 全体的に暗めだけど、白いワンピース姿のことちゃんと、薄いピンクのスイレンが浮かびあがっているようで、クロード・モネの“睡蓮”とも違う、何か、すごく引き付けられる写真。


 慈枝よしえが“写真は被写体に対する思い入れ”っていつも言ってるけど、その通りだね。


 思い入れなら負けないよ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 こーちゃんの写真はまだ多くないんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る