第3章 いま応えたい「生きてる」

第31話 進級テスト、そして

 夕食を摂ったファミリーレストランから勝田駅までバスで移動。


 バスは満席だったんだけど、乗り口近くに座っていた男子高校生がことちゃんを見て、席から立って降車してった。

 あーこれは、和真かずまが時々やる“ステルス席譲り”だな。


「ことちゃん、ここ座ったら?」

『うん』

『あのね、あのお兄ちゃん私を見たの』

「それはね、ここに座っていいよっていう意味だよ」

『どうしよう、私、ありがとうしてない』

「あのお兄ちゃんは、ことちゃんにお礼を言われると恥ずかしいからバスから降りたんだよ。だからまあ大丈夫だよ。今頃可愛い子だったな~とか思ってるよ」


 歩道に立っている当の男子高校生と目が合った。


 ありがとうね、名も知らぬ君。



『この列車は、特急スーパーひたち54号上野行きです。停車駅は――』



 ことちゃんの体が熱くなってる。

 これは眠くなってるんだな。


「ことちゃん。もたれていいよ」

『……うん』

芳幸よしゆきくん。いつもそんなことをやっているのかね!?』


 あれ、そういや二人っきりの時しかやってないや。


『パパ。大きな声出さないで!』

『う、こーちゃんごめん』



 寝ちゃったね。


「これまでで2回です。1回目は僕が初めて涼原すずはら家で昼食をいただいた日の食後、2回目はことちゃんがうちに泊まった日の朝食後です」


 みはらしの丘のは、内緒。


『そんなにマジに答えなくてもいいのよ。鐘治かねはるさん、もたれられるのの何がいけないっていうの?』

『男は、女にもたれられて質量をおぼえると、その、独占欲などが出る……俺は、江梨えりにもたれられて『ストップ、鐘治さん。みんなが聞いてるんだから!』』


 独占欲って…

 僕は独占欲が出てるのかな。たとえばさっきの“ステルス席譲り”の君。

 うん、意識はしてる…そっかー



 この後、ことちゃんが全然起きないからずっと抱っこして移動した。

 はしゃいじゃったんだね。まあ、今日のプランを気に入ってくれてうれしいけど、遊園地に連れて行ってあげられなかったのが心残りだね。


 心残りなのはもう一人、ことちゃんを鉄子さんに養成したかった父さん。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『こんにちは、芳幸くん』

『こんにちは、よーくん』

「こんにちは、ことちゃん、お誕生日おめでとう」

『ありがとう……』


 ことちゃんがもじもじしてる?


「どうした?」

『えーと、今日……』

『琴菜』


 ?


『あの、この前寝ちゃって……ずっと抱っこしててくれたんでしょ』

「あー、あれね。大丈夫だよ」

『重くなかったかな……』


 あー心に引っかかるものがあっては、うかるものもうからないよね。

 ヨシ!


「ことちゃんを抱っこしたの初めてだったけど、ちっちゃくて、温かかったよ」

『もう、私赤ちゃんじゃないよ!』

「赤ちゃんじゃないなら力が出るよね。進級テスト、期待してるよ」

『うん、見てて』

「おう」


『芳幸くん、その気にさせるのが上手ね』

「江梨さん、誤解を招くような言い方はやめてくださいよ。あと、これ母から預かってきました」

『ああ、ありがと』



 今日はことちゃんとヒマ(槙野まきの 向日葵ひまわり)の応援のために、パソコン作業はお休み。依頼主の母さんには適当に言っておこう。


 ことちゃんとヒマがパウダールームから出てきた。

 いつもの通り手を振ると、これまたいつもの通り振り返してくる。


 みんな水着は同じだから、見失いそうだよ。

 進級テストは始まったのかな?

 大丈夫なのかな……昔おばあちゃんがバレーボールの中継は肩が凝るから見ないって言ってたけど、水泳の進級テストを見てても力が入って肩が凝りそうだよ。


『応援してくれてるの?』

「はい、ことちゃんと見てることを約束しましたし、ヒマも受けてますから」

『優しいのね』

「合格してほしいんですよ。眼差しで背中を押せたらなーって思って」


『じゃあ、そんな優しい芳幸くんにご褒美。今日、うちに泊まっていきなさい。二食付きよ』

「えっ。着替えとか持ってないですし……」

『着替えならここにあるわよ』


 これって江梨さんに渡すようにって母さんから預けられた荷物だよね。


美都莉みどりさんから“私たちが忙しいばっかりに、芳幸は料理がー、洗濯がーって、主夫しゅたるおっとになってる。さらに、この前は両家のためにツアコンをやった。これらをねぎらってやりたいけど、芳幸は家にいると私たちがいてもあれやこれやと主夫をする。なんとか芳幸にを迎えさせることはできないか”って相談されてね』


 え???


『で、私からうちに泊まってもらってを迎えてもらうことを提案したわけ。もちろん我が家は全員賛成、特にこーちゃんは、これを見てもらうんだ、アイスを一緒に食べるんだって気合入りまくりよ』


 母さん、江梨さん、それはありがたいけどいろいろ問題があるのでは?


「……その、ご迷惑ではありませんか?」

『こーちゃんが歓迎するなら私たちはみんな歓迎よ。ヒマちゃんたちは隼人はやとさんが迎えに来てくれるそうよ』


「……わかりました。では、お世話になります。力仕事とかあったら呼んでくださってかまいませんから」

『涼原リゾートはビジターを働かせないわよ。もちろん主夫もしなくていいわ。こーちゃんと一緒に日曜日の朝を迎えて』

「一緒に日曜日の朝を迎えるって……」

『なんだと思ったの? “ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず”って知らない?必ず“日曜日の朝”は来るわよ。未来も』


 この人は……



 二人が上がってきた。


『ヒマ進級したよ』

『よーくん、ママ、私も進級したよ!』

『「二人ともおめでとう」』


 よかった。

 ことちゃんの頭を撫でてやる。

 ヒマも撫でて欲しいかと聞いたら、そんな歳じゃないって断られた。でも僅かに羨ましそうにしてた。


『それで、よーくん、うちに泊まってくれるんでしょ』

「うん、泊めてもらうよ」

『やった! いっぱい楽しもうね」

「よろしくね」

『芳にぃ、私たちなら大丈夫だからゆっくりしてきなよ』

『ゆっくりしてきなよ」

「ああ、ヒマ、晶、ありがとう」


 プレッシャーがあるような、うれしいような。

 アウエー、というのはおかしいか。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 武川家・涼原家が夕食を摂ったファミレスから勝田駅までは1kmほどですが、“ステルス席譲り”を描きたかったのでバス移動としました。

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