第29話 もうひとつの物語◆side琴菜◆

「よーくん、チューリップあった」

『きれいだね。えーと、ここはたまごの森フラワーガーデンって言うんだって』


 あ、このピンクが可愛い。


『ことちゃん、どのチューリップが好き?』

「このピンクがいい」

『じゃあ、あの白いオブジェのところに立って』

「うん」

『お兄ちゃん、逆光だよ』

『そうだな。ありがとう。えーと補正して……』



 写真を見せてもらった。やっぱりよーくんは写真が上手ね。


『明るいチューリップと暗い林、いい写真ですね。わが妹ながらこーちゃんは可愛いです』


 お兄ちゃん、可愛いだなんて!

 よーくんはどう思ってるのかな?


『ありがとう。逆光って嫌われるけど意外と使えるものなんだ。まあ、はやてさんの言う通りモデルがことちゃんだから、気合が入るというか何というか……』


『お兄ちゃん、RAWで記録できるデジ1買ったら。スマホのカメラも悪くはないけどデジ1のほうがホールド性が高いし、RAWならかなり自由度の高い画像処理ができるわよ』


慈枝よしえさん、同級生で写真部に在籍してる子がいるんですが、デジ1で撮って、結構雰囲気ある写真に仕上げてるんです。慈枝さんが言いたいのはそういうことですよね?』

『その通り。ありがとう颯さん』

『お力になれてうれしいです』


 お兄ちゃん?


『それはときどき考えるけど、いかんせんお値段が』

『丹念に探せば掘り出し物も見つかるよ』

『うん……そうだな。今度一緒に探してもらえるかな』

『いいよ。琴菜ことなちゃん、よかったわね。お兄ちゃん、もっと琴菜ちゃん可愛く撮るためにカメラを買うって』


 デジカメっていくらぐらいするのかしら?


「うれしいけど、よーくんお小遣い大丈夫なの?」


『(ヒソヒソ)隼人はやとさん。琴菜ちゃんが、芳幸の手綱を握ってくれれば安心ね』

『(ヒソヒソ)美都莉みどり確かにな。その前に愛想をつかされないように気を付けてやる必要があるな。俺たちが』


『父さん、母さん、何?』

『何でもないわ。今いくら持ってるの?』

『あ、いや、その……今日使う分くらいはあるよ』

『まだ小遣い日から1週間ほどしか経ってないじゃない。何に使ったの』

『その、今月は発売日が重なって……他にも、その……』

『もうないの? どうしてあんたはいつもそうなの! 琴菜ちゃん、無駄遣いする子でごめんね。嫌いにならないでやってね』


 おかあさん、心配しないでいいですよ。


「よーくん、お小遣いが足りなくなったらおかあさんに相談してね。あと、あんまり無駄遣いしちゃだめよ」

『ハイ……』


『(ヒソヒソ)颯よ、あれは江梨えりの口真似だな』

『(ヒソヒソ)ウンウン』

『何かしら? 鐘治かねはるさん、颯』

『『いえ、なんでもないです』』



 キッチンカーがいっぱい来てる。みんなおいしそう。


『ことちゃん、何か食べる? あの建物は記念の森レストハウスっていって、軽食があるみたい』


「メロンパン食べたい。よーくんは?」

『僕はハム焼きかな。買ってくるよ』

『芳幸、もうバレてんだから琴菜ちゃんの前で格好つけないの。ほら出してあげるから』


「恰好つけてるわけじゃないけど……ありがとう」

『おかあさん、ありがとうございます』


『慈枝さん。何か飲むかね? おごるよ』

『そんな、琴菜ちゃんのお父さんにごちそうしてもらうのは……』

『俺はね、琴菜を大事にしてくれる芳幸くんと、その芳幸くんを育てた武川家の人たちに感謝してるんだ。だから遠慮しなくていいよ』

『……ではお言葉に甘えてネモフィラブルーティーを飲んでみたいです』

『おう。では買ってくるよ』


 パパったら……あれ?ママが困ったような顔をしてる?



『慈枝さん、それきれいですね』

『颯さんのお父さんにおごってもらったんです。おいしいですよ』

『そ、それはよかったです。豚ドッグもいけますよ』

『よかったね』



『(ヒソヒソ)鐘治さん、機会を奪わないの!』

『え???』


 うん?


「よーくん、菜の花!」

『うん。やっぱり菜の花畑はいいね。海浜公園のホームページを見て楽しみにしてたんだ。菜の花畑でことちゃんの写真が撮りたいって』

「うん。どこに立ったらいい?」

『ん-とね、もうちょっと右かな』

「ポーズとってもいい?」

『うん。いいよ』

「二人の写真も撮って」



「あれって昔のおうち?」

『うん。ここに建ってたわけじゃなくて、どこか別の場所から持ってきたみたい』

「あのおうちを入れた写真を撮って」

『任せろ』



『二人、盛り上がってるねー』

『(ヒソヒソ)あの、慈枝さん』

『はい?』

『(ヒソヒソ)写真撮らせてもらっていいですか。その、俺スマホだし、写真部じゃないんで上手ではありません。ご迷惑なら断ってもらっていいんですが』


『(ヒソヒソ)はい、お願いします』

『え、本当ですか!ありがとうございます!!』

『(ヒソヒソ)大きい声を出さないでください。確かに写真はカメラの種類とか技術は大事です。でも、撮る人の被写体に対する思い入れがないと始まりません。ですから自信を持ってください』

『(ヒソヒソ)とはいえ、あの二人が盛り上がりすぎですから、ここじゃなくみはらしの丘でお願いします』

『(ヒソヒソ)はい。ありがとうございます』


 全部聞こえてるよ……お兄ちゃんったら……そうなんだ。

 パパは邪魔しちゃったのね。



『(ヒソヒソ)ねえ、美都莉みどりさん』

『何ですか、江梨さん?』

『(ヒソヒソ)颯がね――』

『(ヒソヒソ)まあ、それは――』



「よーくん、あれ全部ネモフィラ?」

『そう。全部ネモフィラ……みはらしの丘全部がネモフィラ……』

『“たぶん絶景”どころじゃない……』

『彼の岸とかエリュシオンってあんな感じか……』

『どっちもネモフィラではないとは思うけど……まあ多分そのイメージであってる…』


 ネモフィラの色って空と同じなんだ。だからみはらしの丘は空に繋がってるみたい……すごい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 颯さんは慈枝さんに関心を持っているようです。

 慈枝さんは、セリフ後半のふたつの文を読むと颯さんの好意を受け入れようとしているようにも思えます。しかし、セリフ全体だと好意を持っているかどうかわからない…どうする颯さん。


 なお、作中に登場するフードは、2023年の春のメニューの中からストーリーの都合で選択しており、毎年売っているとは限らない点をご了承ください。

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