第28話 夢から

「着いたね」

『ここがサン・ピエトロ大聖堂ね』



『ねえ見て、ミケランジェロのピエタ像よ』

「あ、ことちゃん、そこに立って。写真撮るから」


 ことちゃんの今日の装いは白のプルオーバーシャツにデニム素材のハイウエストスカート。


「ことちゃん。今日のコーデよく似合ってる。綺麗だよ」

『ありがとう。よーくんもかっこいいよ』


『ねえ、よーくん』

「ん?」

『誓いの言葉を頼めないかしら。ここで』

「誓いの言葉?」

『“病める時も、健やかなるときも”って、アレよ』


●●●●●●●●●●


 夢か。


 僕は、願望してるのか?


 未来過ぎる……江梨えりさん達は自信を持てと言ってたけど、“そこまで”願望していいのか?


 ヨシ!


 ローマ教皇はともかくとして、実現を望もう。

 だから、もう“卒業される”とかは考えないし、卒業されないように手を尽くそう。


 そろそろ起きなきゃ。今日は、国営ひたち海浜公園に行く日だ。




「おはよう、ことちゃん。おはようございます、皆さん」

『よーくん、おはよ。おはようございます、おかあさん、おとうさん、慈枝よしえさん』


 母親同士以外は初顔合わせだから挨拶が長引いてる。ことちゃんが退屈しないかな?


「ことちゃん。今日のコーデよく似合ってる。可愛いよ」


 ことちゃん、今日のコーデは、夢に出てきた“大人のことちゃん”と同じ……顔が熱くなってくる。


『どうしたの、顔が赤いよ』

「いや、その……夢を見たんだ。大人のことちゃんと海外旅行してる夢」

『よーくんと海外旅行?』

「その、夢の中のことちゃんのコーデが、一緒で……」


 ことちゃん。服の袖口を掴んで……奴凧みたいな恰好をして、自身の服を見てる。


『そっかー大人になったら、この服着てよーくんと海外旅行するのね』

「あの、夢なんだけど」

『何、よーくんは私と旅行行きたくないの?』

「いや、そんなことないけど……」


 言えないよ、サン・ピエトロ大聖堂で誓いの言葉って。




『まもなく4番線に普通列車が到着します。黄色い点字ブロックまで――』


『おかあさん、薄い紫色のワンピース、素敵です』

『あらありがとう。琴菜ことなちゃんもデニムのハイウエストスカート似合ってるよ。芳幸よしゆきはこういうの好きよ』


 そんなこと言った覚えないんだけど?


『よーくんね、このコーデ「ことちゃん、よく似合っててかわいいよ」』

『芳幸、遮っちゃダメ!琴菜ちゃん続きを聞かせて』

『よーくん?』


 言ってもいいかってことだよな。


「……うん」

『よーくんね、このコーデの私と海外旅行してる夢を見たんだって』

『おっ、婚前旅行というやつか』


 父さん。鐘治かねはるさんが尖がるからやめて。


『そういう願望があるのかね、芳幸くんは』


 だから、“語順”。

 この夫婦は語順に力を仕込むね。


「鐘治さん、夢ですから」

『さっき私と旅行に行きたいって言った!』

「わかった、大きくなったら連れてってやるから。だから電車乗ろう」


はやてさん、お兄ちゃんったら琴菜ちゃんの尻に敷かれてるっぽいんだけど』

『同感です、慈枝さん』

『電車も琴菜ちゃんの希望だったそうだけど、お兄ちゃんったらあっさり旅程を作り替えたみたいね』

『ほほえましいです』

『確かにね』



『この列車は、特急フレッシュひたち5号高萩たかはぎ行きです。停車駅は――』


『フレッシュひたちは、E653型の交直流両用特急型電車を使った特急電車だ。このE653型は、1時間定格出力が145kWのMT-72かご型三相誘導電動機を搭載しており、これに給電するのはC18/C18E型コンバータ/3レベルVVVFインバータで、IGBTをスイッチング素子として使ってるから、ドレミファよりずっと進化してる』

隼人はやとさん、素敵』


「鉄ちゃん、それぐらいにして。母さんも煽らない。みなさん、びっくりしたでしょう。うちの父はいわゆる鉄ちゃんで、それもモーターや制御機器に注目する、いわば“モーター鉄”です」

『おとうさん、電車が好きなの?』

『電車はいいぞ~ 琴菜ちゃんもどう?』

「そこ、鉄子さんを養成しないで。ことちゃん帰ってきて」



『ねえ、よーくん、クッキー作ってきたの』

「いつもありがとうね」

『「はい、あーんして」』

「『おいしい』」


『さっきまで尻に敷いてたのに、今度は相互“あーん”ですよ』

『お兄ちゃんたら……多分こうなると思っていたけど』


「お二人さん、クッキー食べるか?」

『甘すぎるみたいだから、私たちはアタリメでいいよ』



「あの、江梨さん。江梨さんのシュシュと鐘治さんのポケットチーフの柄って意図的にお揃いにしてるんですか?」

『やっと気が付いたのね。遅くない?』

「えーと、江梨さんのファッションを評価したりしたら鐘治さんが面白くないんじゃないかと思って」


 それ以上にことちゃんのご機嫌が斜めになりそうで。


『心外な。俺はそんなに心が狭くないぞ。それに知ってるだろ、江梨とは中学生からだから、悪いがぽっと出の芳幸くんなんぞにはな』


『ペアルックか~ 私たちもやってみる? どう隼人さん?』

『み、美都莉みどり……お手柔らかに頼む』


『慈枝さん。親世代がおしゃれに目覚めたみたいです』

『うん。まあ二度見されるようなものじゃないなら、いいんじゃない?』

『そうですね……あの、タイミングを逸してると思うんですが慈枝さんのコーデ、シックでいいですよ』

『あら、ありがとう……颯さんもシンプル&さわやかでいいと思います』

『ありがとうございます』



『あ、白鳥さんがいる』

「本当だ……あれ、白鳥って、もうシベリアに渡ってるんじゃ?」

『芳幸くん、あれは、コブハクチョウっていって渡らない種類だよ』

「そういうのがいるんですか」

『この千波湖せんばこには結構いるらしい。黒鳥っていう白鳥みたいなスタイルだけど、色が黒というのもいるよ』

『パパ、物知り。すごい』

『芳幸さん、ウチの父は鳥が大好きですよ』



『まもなく、勝田かつたに到着いたします。ひたちなか海浜鉄道湊線かいひんてつどうみなとせんはお乗り換えです――』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 

 千波湖の湖岸道路が整備されて、常磐線の車窓から白鳥が視認できる機会がわずかになってしまいました。

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