第24話 To be or not to be…

『あれ、琴菜ことなちゃんじゃない』


 ことちゃんと同じくらいの女の子がいる。


『あ、蘭華らんかちゃん』

「幼稚園のお友達?」

『うん』

『こっちは琴菜ちゃんのお兄さんね』

『蘭華ちゃん? こんにちは?』

『えーお兄さん、蘭華のこと覚えてないの? ショック』

『い、今思い出したよ』


 あざとい、のかな?


『こっちの人は誰?』


 蘭華ちゃんは笑顔半分、好奇心半分といった顔で半歩踏み出してきた。


『蘭華ちゃんのよーくんじゃなくて私のよーくんよ!』


 うれしいような、困るような、うれしいような……

 まあでも、挨拶ぐらいはしておこう。


「ことちゃん。挨拶してもいい?」

『……うん』

「蘭華ちゃんだっけ、僕は武川たけかわ 芳幸よしゆき、ことちゃんの友達だよ」

『私は、酒巻さかまき 蘭華らんか、琴菜ちゃんの同級生よ。ふ~ん、“ことちゃん”って呼んでるの? みんな“琴菜ちゃん”呼びなのに……わかった、琴菜ちゃんのカレシね』

「ちょっと、蘭華ちゃん」


 ことちゃんはドヤ顔……さっきまでの不機嫌な顔はどこ行った?


『フフフ。じゃあね、琴菜ちゃんのカレシさん』



「あの、ことちゃん、僕のことをカレシだなんて言ったら幼稚園でからかわれるんじゃない」

『私は、よーくんが好きだからいいの』

「うれしいけど本当に大丈夫?」


 好きって言ってくれたのは初めてだっけ。やっぱりうれしい。


『それよりよーくん、蘭華ちゃんばっかり見てた!』

「いや、ゴメン。ことちゃんが一番だよ」

『浮気はだめよ』


 浮気って。


「あの、はやてさん?」

『……いやー初めて見た。こーちゃんってこんなにヤキモチ焼きだったんだ』


 フォローしなきゃ。


「ことちゃん、ジュース飲む?」

『うん、飲む』


『……大変っすね』

「まあ、うれしいですよ。あ、颯さんもどうぞ」

『いいんですか。ゴチになります』


 ことちゃんはオレンジジュース、颯さんと僕はアイスティーを売店で買ってベンチで飲んだ。


『よーくん、さっきはごめんなさい』

「ん、何が?」

『大きい声出してびっくりさせちゃった』

「僕も蘭華ちゃんばっかり見てごめんね」

『芳幸さん、こーちゃん、仲直りできた?』

『「うん」』

『じゃあ、握手』


 なんだろう、ここにも江梨えりさん的な場を仕切る人がいるぞ。

 そりゃ息子だもんな…



『まもなく4番線に普通列車が到着します。黄色い点字ブロックまで――』


「じゃあ、ことちゃん、またね」


 ことちゃんの手に力がこもる。


『よーくん、またね』

『また、遊びに来て。私をおうちに呼んで!』

「うん、わかった。考えていることもあるから楽しみにしてて」

『なあに?』

「秘密。楽しみにしてて」

『……わかった』


「颯さん、みなさんによろしくお伝えください」

『芳幸さん、気を付けてね』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 宿題は終わった。



 会うたびに、ことちゃんは優しくしてくれる。うれしい限りなんだけど、ことちゃんがハタチのとき僕は32歳。このままでいいのか?


 かなり迷ったけど、電話を掛ける。


「今日はごちそうさまでした」

『いえいえ、どうかした?』


 伝えるべきか、伝えないべきか。


「あの、このままでいいんでしょうか?」

『このまま、とは?』


「ことちゃんが僕に好意を持ってくれてるのはわかってます。僕の父母を“おとうさん”、“おかあさん”と呼んでましたし、今日はっきり“好き”と言われました」

『それで?』


「ことちゃんはこれから就学で世界が拡がります」

『まあ、そうね』

「ことちゃんは僕のことをかっこいいと言ってくれますが、学校生活の中で様々な人に出会い、その中にはイケメンもいるかもしれません。僕はそんなにイケメンでないのでことちゃんから機会を奪うことになるのではないでしょうか?」


『『そんな自信も自覚も不足している男は琴菜の隣に立つ資格はないぞ(琴菜を預けられないわ)』』


 !!

 二人に言われた。


『琴菜は結構モテるのよ。でも芳幸くんを選んだ。それがどういうことだと思う?』

『世の中イケメンだとかスペックがどうとかと、数値解析みたいなのが幅を利かせてるけど、そういうのは目を留めるきっかけに過ぎないぞ』

『その相手を好きになるのは、目を留めた後の判断で決まるのよ。あたりまえだけど、どんなイケメンでも好きになれなければそれまでよ』


『私は鐘治かねはるさんと中学校で知り合ったのよ。特別イケメンではなかったし、成績もスポーツも平均的で、どちらかといえば頼りない感じだった』

『おい江梨』


『だけど、私は好きになった』


『友達にはあんなので大丈夫かとかずいぶんなことを言われたし、しょっちゅう“私がついてるよ”って励まさなければならなかったし、その他いろいろあったけど、離れなくて今に至ってる』


『言ったら悪いけど、芳幸くんはイケメンとは少し違うと思う。でも、琴菜は好きになった。だからイケメンかどうかなんて関係ない』


『まあ俺が言うのも変だけど“イケメンだから~”は、俺と江梨の関係からも“偽”と証明できるだろ。そんなの気にせず自信を持って琴菜の気持ちに応えろ』


『それからフルーツ白玉のときに“認識してます”って言ってたでしょ。ちゃんと自覚して』


「すいません。あまりにもことちゃんに良くしてもらってるからかえって迷いが生じたのかもしれないです」


『『わかればよろしい』』


『なあ、芳幸くん。迷うことは人間必ずあるもので、迷ったら相談するのは当たり前のことだが破滅的な物言いは自分を追い込むだけだからしないようにな。まあ俺達を頼ってくれたのは嬉しいがな』


『琴菜に好かれ続けること、どうやったら“好き”がアップデートできるかを考えなさい』

「はい、ありがとうございました。もし、迷うことができたらお話ししていいですか?」

『もちろんだとも』


『ところでさっき話は出なかったけど、こーちゃんは誰と風呂に入ったの?』

「妹の慈枝よしえと入りました。ことちゃんは僕と入ることを希望してましたけど、慈枝に“一緒に入ったら裸を見られる”と言われて思い直したみたいです」

『以外ね。でもそのうち一緒に入ることもあるでしょ。出るとこ出てから、とか』

『おい江梨!』


 そういうところですよ、江梨さん。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 “生きること”は“迷うこと”かもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る