第19話 Happy dinner◆side琴菜◆

「江梨さん。母がことちゃんをウチに招待したいとのことです」


『……却下』


 ママ、何を言うの。私はよーくんちに遊びに行きたいよ。


芳幸よしゆきくん、“母が”じゃないでしょ。それと、誘う相手は私じゃなくて琴菜ことなでしょ』

『は、はい』

『ほら、私は反対しないから。たぶん』


 よーくん、すごく緊張してるみたい。ちょっと可愛い。


『ことちゃん。よかったら僕んちに遊びにくる?』

「うん、よーくんちに遊びに行きたい」


 よーくん、とてもうれしそうな顔になった。

 そんなうれしそうな顔をされると、私もうれしくなるよ。


『ほら、芳幸くん。誘ってほしい人に誘われるのが歓びなの』

『はい。よくわかりました』


『じゃあ、次は日にちですね。母は、今日でもいい、泊まってもいいって言ってますが、さすがにそれはだめでしょう』


 えー、どうして。私はよーくんちに泊まりたいよ。


「今日、よーくんちに泊まりたいな」

『ことちゃん。それはうれしいけど……えーと江梨えりさん、嫁入り前の娘が、ほいほい男の家に泊まっていいのですか?』

『嫁入り前なのは確かにそうだけど、別にいいんじゃない。それとも、芳幸くんは琴菜、私、鐘治かねはるさん、その他大勢の信頼を裏切って、何か悪いことをするつもり? なにより琴菜が悲しむわよ』


 いや、そんなことはしません。


「ママ、よーくんは悪いことはしないよ」

『ほらね』

『はい、ことちゃん、ありがとう……その、心の準備ができてないというか……』

『芳幸くん、男は即断即決しなきゃいけない時があるのよ。心の準備は今して』


そんな、乱暴な……


『えーと、ことちゃん、ママと一緒じゃなくても寝られる?』


 私は赤ちゃんじゃないよ。


「よーくんが一緒ならいいよ」


『江梨さん、ことちゃんに好きな食べ物は聞いてますが、アレルギーとかはありますか?』

『んーアレルギーはないわね』


『じゃあ決まりね。みんな私の車に乗って。おうちまで送ってあげる。ヒマちゃん、降りる所を教えてね』

『ちょ、待ってください。ヒマとあきらはどうする?』


 ヒマちゃん達を仲間外れにしちゃだめだよね! やっぱり、よーくんは優しい。


『ごめん、今週は宿題がいっぱいあるし、明日、水族館に行くからちょっと余裕がないの』

『ああ、わかった。また今度な』

『『ありがとう芳にぃ』』


『明日は、デートがてら電車で帰ってきなさいね』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 よーくんちに着いた。


 ドアが開いた。

 ジャスミンの絵のエプロンを付けた優しそうな女の人がよーくんのお母さんね。


『ただいま』

『芳幸おかえり』


 ママとよーくんのお母さんが挨拶してる。


 ママが、よーくんのお父さん、お母さんを“おじさん”、“おばさん”じゃなく、“おとうさん”、“おかあさん”って呼んだらって言ってたけど……


『えーと、涼原すずはら 琴菜ことなちゃん。僕の大切なお友達』


 お友達……あ!


●●●●●●●●●


『ことちゃん、このカレーおいしいよ』


「よかった。今日は、辛口のルーを使って、ココナッツミルクで仕上げてみたの。喜んでもらえてうれしい」


 丸い小さな食卓。

 向いによーくん。

 薬指に指輪。


●●●●●●●●●


 …

 ……

 やっぱり“おとうさん”、“おかあさん”よね!


 ヨシ!



「こんばんは、おとうさん、おかあさん。涼原 琴菜です」


 よーくんがびっくりしてる。


『いらっしゃい、琴菜ちゃん。芳幸の母の美都莉みどりです。ウチの息子を気に入ってくれて、ありがとうね』

『芳幸の父の隼人はやとです。ゆっくりしていってくださいね』


 優しそうな男の人……よーくんはお父さん似ね。


 おかあさんとおとうさんはすごくニコニコしてる。よかった。



『じゃあ、みんな上がって。ご飯はもうできてるわ』


「よーくん、慈枝よしえさんは?」

『ああ、慈枝は高校に合格してね、そのお祝いってことで友達と遊びに行ってる』

「えっと、おめでとうございます」

『ありがとう。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな。慈枝と話がしたいって言ってたよね』

「うん」


 今日のメニューは、ハンバーグ、サラダ、ミネストローネ、ご飯と母さん得意の温麦茶だ。


「ハンバーグは各人二つ?」

『一つは麩入りで、もう一つが青じそ入りで、かかってるソースはレモン醤油』

『どっちもうまそうだな』


「おかあさん、慈枝さんの分はあるの?」

『慈枝の心配をしてくれるなんて琴菜ちゃんは優しい子ね。大丈夫、慈枝の分はちゃんと取ってあるわ。じゃあ、食べましょうか』

『『『「いただきます。」』』』


「おかあさん。このハンバーグおいしいです」

『琴菜ちゃん、ありがと。それは麩入りのほうね。麩を入れると肉汁が流れ出さないのよ』


『芳幸よ、我が家でこんなハンバーグが出たことがあったか?』

『なかったと思う』

『我々と待遇が『隼人さん、何かしら!?』』

『いや、福利厚生が充実したのでうれしいです』


 なんだかパパとママに似てる。よーくんも笑ってる。


『ただいま~お客さんが来てるの?』


『おかえり、慈枝。琴菜ちゃんが来てるわ』

『あっ、あなたが琴菜ちゃんね。慈枝です。初めまして』


 この人が、よーくんの妹の慈枝さん……慈枝さんはおかあさん似かな。


「初めまして、涼原 琴菜です。高校合格おめでとうございます」

『ありがとう。琴菜ちゃんは、写真よりずっと可愛いね。写真が下手な兄貴でごめんね』

「可愛く撮ってくれてうれしいです」


『慈枝、手を洗ってきなさい。ご飯にしましょ』

『はーい』


 慈枝さんに気に入ってもらわなきゃ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 そりゃ、びっくりです。

 いきなりの“おかあさん”、“おとうさん”呼びですから。

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