第18話 宝物

 えーとフォトペーパーは……あったあった。


 まず、ことちゃんが一人で写っている写真。

 うん、やっぱりことちゃんは可愛い。


 余計なものも写り込んでない。

 露出補正したほうは、昼間の写真になってるな……悪くないけど、夕陽感のほうがいいかな?


 ガンマ補正だと……やっぱり元の画像でいい。よし2部印刷と。


 次は二人の写真。

 見てるとちょっと照れる。ツーショットは初めてだ。

 こっちも2部印刷。


 印刷が上がったものを並べてみる。


 よく撮れてる。こういう写真を見てると“写真は思い出”という言葉がよくわかる。


 彼女いない歴=年齢の僕がこんな写真を撮ることになるなんて、という気がして、幸せになってくる。


 相手が幼稚園の年中さんというのは意外としか言いようがないけど。


 よし、買っておいたフォトフレームに……できた。


 この笑顔を忘れたり、ヨソ見したらいけないんだな。だから、この写真は宝物だ。


『何してるの?』


 慈枝よしえがいつも間にか後ろに立ってる。


「なんで勝手に入ってくるんだよ」

『扉は全開だったわよ』


 あれ、開けたままだったか。

 そりゃプリンターの音で注意を引くだろうな。


『入ってきてほしくないなら閉めておきましょうって、お、ツーショット写真だ。こっちは単独写真かー』


 あんまり見るなよ。


『ふーん。これが琴菜ことなちゃんか。ヒマ(槙野まきの 向日葵ひまわり)ちゃんには聞いてたけど、可愛い子ね』


 慈枝さん、目がマジなんだけど。ひょっとして小姑になってる?


「撮ってくれって頼まれてな」

『いい構図ね、夕陽だから肌がきれいに写ってる。そっけない言い方をしてるけど、構図といい、光の色といい、実は気合を入れて撮ったんじゃないの?』


 しまった、こいつ写真部だった。


『こっちはツーショット。二人ともいい表情をしてると思うよ。ちょっと“頼んだ”、“頼まれた”ではない表情と思うね』

「からかうなよ」

『ね、お父さん、お母さんに見せていい?』


 返事も聞かずに持ってったよ。いいけど。


『まあ、可愛い!』

芳幸よしゆき、デレてるんじゃないか』


 階下から予想した通りの反応が聞こえてくる。

 いつまでも渡しておくわけにいかないから階下におりた。


「そろそろ返せ」

『芳幸、可愛い子だな』


『琴菜ちゃんを連れておいでよ』

「うん。実はことちゃん、父さん、母さん、慈枝と話してみたいって言ってた」

『ほう!』

「だから、“ご飯に誘っていいかって母さんに言っとく“とは答えておいたけど……あの年頃の子ってお父さんとかお母さんがいないと泣きだしちゃうんじゃないか?」

『芳幸がいる』


 簡単に言ってくれるよ。


「誘うのは、まあやぶさかじゃないけど……泣かれたら車出してよ。だからその日は飲酒禁止」

『わかったわかった』

「それと、ことちゃんはハンバーグとオムライスが好きなんだって」

『ハンバーグなら材料はそろっているから今日でもいいわよ。ついでに、泊まってもらってもいいわ』

「嫁入り前の娘にそんな気軽に泊まるとか言わない」

「嫁入り前の娘だけど誰かさんに落ちてるし、誰かさんも落とされてるけど」


 ……


「まあ誘ってみるよ。期待はしないこと」

『ついでにこれを江梨えりさんに渡してきて』

「なにこれ」

「私のアドレス」


 そういえば、父母も慈枝も、ヒマも槙野まきののおばさんも、江梨さんも僕たち……僕のことをスポイルしないね。


 祝福されてるのかな?


 本当に不思議なほど、ことちゃんと知り合って以来、周りの人の優しさを感じる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「こんにちは、ことちゃん、江梨さん」

『たまには私のほうを先に呼んでみてよ』

『ママ!』


 なんですか、この掛け合いは……


「ことちゃん、写真持ってきたよ」

『こっちがことちゃん一人の写真。こっちは、二人の写真』

『ありがとう。うれしい』

「フォトフレームはどうかな? 琴菜の“菜”に合わせて黄色のフォトフレームにしてみたんだけど」

『よくわかったわね芳幸くん。琴菜の菜は、菜の花の菜よ』


 やっぱり“野菜”の“菜”ではなかったんだな。


「ひょっとしたらと思いましたがやっぱりでしたか」

『こーちゃんが生まれたとき病院の庭にいっぱい咲いていたの』

『菜の花は可愛いから好きよ。大事にするね!』


「ことちゃんって誕生日は? 僕は7月23日だよ」

『私は4月30日よ』


 もうすぐじゃないか!


「じゃあなにかお誕生日のプレゼントを考えておくね」

『私もよーくんの誕生日にプレゼントする。ママ、スマホに記録しておいて』


『はいよ。ところでこーちゃん、この写真どこに飾るの?』

『私の部屋。机の上』


 机の上か……フォトフレームにとっては最上の処遇だな。

 “もうこんなのいらない!”ってならないように気を付けないと。


「僕も、同じ写真を机に飾ってるんだ」

『本当、うれしい』


『こーちゃん、この写真はおうちに帰るまで、ママが預かっておくわ』


「えーと、母からアドレスを預かってきました」

『ありがとう。美都莉みどりさんにはメールを送っておくわね』


『ねえ芳にぃ、今度ヒマの写真も撮って』

あきらも!』


 おっと、こっちも。


「おう、わかった。今日の帰りに撮るか?」

「あとで電話する」


 いつもどおり、プールに向かうことちゃんとヒマを見送って、プールが見渡せるギャラリーから手を振った。

 今日は、増元三兄弟はお休みらしく、久しぶりにパソコン作業に精を出す。


 子どもたちのキャーキャー、お母さんたちの話し声で、逆に集中できる。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 写真は“まことを写さない”など言いますが、一方、“ホレてしまえばアバタもエクボ”という言葉もあります。




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