第14話 涼原家〜ことちゃんのパパ

『いらっしゃい、芳幸よしゆきくん』

「こんにちは江梨えりさん。お世話になります」


「江梨さん。これ、お土産です」

『あら、どうもありがとう。ケーキね。結構したんじゃない?』

「大丈夫です」

『そう、ならよかった。上がって』

「お邪魔します」


 リビングに行くと、ソファに座っていた男性が立ち上がった。この人がお父さんだな。


「こんにちは。琴菜ことなさんと仲良くさせていただいています、武川たけかわ 芳幸よしゆきです。本日はお招きいただきありがとうございます」


『こんにちは。琴菜の父の鐘治かねはるです。こちらにどうぞ』


 対面で座る。

 おとうさん? 鐘治さん? の顔が締まってきた。じゃあこっちも……Ignition.


『早速だが、君が、どんな気持ちで娘と接しているのか聞かせて欲しい。あと、娘は幼稚園児だから、さん付けは変だぞ。二人で呼び合っている呼び方でよい。娘は君を“よーくん”って呼んでるんだろ?』


 核心に切り込んできますね。

 それと、ことちゃんや僕のことを “娘”とか“君”と表現しているのは、隙を見せないようにしているということかな。

 やっぱり全力で当たらないと。はやてさんありがとね。


 ことちゃんが笑顔を送ってくれている。

 応援してくれてるんだ。


 ヨシ!


「ことちゃんは、とても優しいです。初対面のとき、自分のおやつのビスケットを僕に分けてくれました。そのあとも会うたびに優しくしてもらってます」

「また、ことちゃんは、かわいらしい顔立ちをしており、吸い込まれそうな素敵な笑顔をしますが、時には、なんというか凛々しい顔立ちになるところが、とても魅力的だと感じています」

「ですから、今の僕にとって、ことちゃんが喜ぶことが一番の歓びで、これを続けていきたいと思っています」

 ……

『パパ……』

 ……

『まるで成人女性に対する評価だな。娘も望んでるみたいだし、君が本気で向き合おうとしていることは伝わってきた。娘を裏切らないと約束してくれるか』


「はい。ことちゃんを裏切ることはしません」

『では、芳幸くん。ようこそ、鈴原すずはら家へ。私のことは“鐘治”と呼んでくれ』


 おっと、“君”から“芳幸くん”に変わった。これは、峠を越えたと思っていいのかな?

 でも“おとうさん”はだめらしい。


 和真かずま、僕の相手は意外と早く軟化したよ。



『はい、挨拶が終わったところで、芳幸くんからもらったお土産を紹介するわ。なんとケーキ。食後のデザートにしましょう』

『よーくん、ありがとう』

『おー芳幸さん、ありがとう』

『悪いね』

「我が家の界隈では有名なケーキ屋さんのケーキです」

「あと、これはホワイトデーってことで」

『フフ、こーちゃんのデザートはこれにして、ケーキはおやつにとっておきましょうか』

『うん、そうする』


『お昼ご飯はもう少しかかるから、それまではみんなゆっくり過ごして』

『よーくん、私の部屋に来て』


 鐘治さんはちょっぴり苦い表情をしているが、江梨さんの視線を受けて黙ったままだった。

 僕もあんな風になるのかな?


『あ、芳幸くん。飲み物は何がいい』

「オレンジジュースをいただけますか?」

『はい、用意するから、こーちゃんは自分の部屋に行って部屋着に着替えて。芳幸くん、悪いけど運んでもらえる』

『よーくん、私の部屋は階段上がった正面よ』

「うん。わかった」

「えーと、トイレお借りしていいですか?」

『トイレは、廊下に出て左側よ』

「はい、ありがとうございます。お借りします」


 鐘治さんに理解してもらえて、また、出すもの出して緊張がほぐれた。


『できてるわよ』

『芳幸さん、ひょっとして時間を稼いだ?』


 こういうの、口に出すのは恥ずかしいので……察してください。


「フフフッ、じゃあお願いね」


 ことちゃんの部屋、ドアが開いてるけど声をかけたほうがいいのかな?


「ことちゃん。来たよ」

『入っていいよ』


 女の子の部屋って入ったことがない。

 慈枝よしえ、ヒマの部屋には入ったことがあるが“女の子の部屋”に数えていいのか?


 スエット姿のことちゃんがベッドに座って待っていた。

 部屋着にするのはもったいないようなスエットだね。やっぱりことちゃんはおしゃれだ。


『どうしたの?』

「実は女の子の部屋に入ったことがなくて」

『じゃあ、私の部屋が初めて?』

「うん。だから緊張してる」

『大丈夫よ。ここに座って』


 ことちゃんが、自分の隣をポンポン叩く。

 本当にドキドキするが、言われるがままに腰を下ろした。といっても体が触れないくらい間隔をあけて。


『飲み物を運んでくれてありがとう』

「こっちこそ。さっき、鐘治さんに挨拶するとき応援してくれたよね。ありがとう、勇気がでたよ」

『よーくん、パパと話している時の顔がかっこよかった』

「ありがとう。いいベッドだね」


 セミダブルですね。


『パパに買ってもらったの』

「ことちゃん。このベッドで寝てるの?」

『うん』

「一人で?」

『一人で寝てるよ』

「へー、一人で寝られるなんて偉いね」

『でも、時々ママと一緒に寝てる』

「そうか」


 だから、セミダブルを選んだんだな。売り場でのやり取りが目に浮かぶようだ。


『ホワイトデーのことなんだけど、私、バレンタインあげてないけどいいの?』

「フルーツ白玉をくれたから、大丈夫だよ」


 そう、フルーツ白玉を“あーん”してくれたから。


『ありがとう。あのね、この前、家に帰る途中によーくんをウチに呼びたいってママにお願いしたの。だから来てくれてうれしい』

「僕のほうこそ呼んでくれてありがとう。うれしいよ」

『今日のお昼はママが作ったカレーと私が作ったポテトサラダよ』

「ことちゃんが料理したの? 楽しみだけど怪我しなかった?」

『怪我?』


 ああ、知らないんだね。


「料理って危ないんだよ。僕は包丁で手を切ったこともあるし、やけどしたこともあるよ」

『痛かった?』


 ことちゃんは、ちょっと体をねじって僕の手を掴んで、じっと見る。


 改めて感じる手の柔らかさに一気に顔が熱くなってきた。


 手を繋いでた時とは全然違う。


「そ、そりゃあ痛かったよ。だから、怪我したり、やけどしないよう、ママの言うことをよく聞いて気を付けてね」


『うん。私、きっと料理が上手になるよ』

「期待してるよ。」


『みんな、ご飯よー』



 ことちゃんの部屋、いい匂いがした。

 女の子の部屋って、これぐらいの年齢でも“いい匂い”がするんだね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 もはやタグに「指差呼称」を入れてもいいかも…ヨシ!




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