第13話 夢から◆side琴菜◆

『ことちゃん、このカレーおいしいよ』


「よかった。今日は辛口のルーを使って、ココナッツミルクで仕上げてみたの。喜んでもらえてうれしい」


 丸い小さな食卓。

 向いによーくん。

 薬指に指輪。


 え、私が作ったカレー? 向かいによーくん? 薬指に?


『明日は僕が作る番だよね。そうだ、ことちゃん、飲み物ある?』




「ラッシーあるよ!」


 見慣れた天井、見慣れたカーテン、ぬいぐるみ…夢だったんだ。



『こーちゃん起きた? ラッシーって聞こえたけど?』



 私がカレーを作って……小さな食卓で、向かい合わせ……薬指に指輪……

 これって……


『こーちゃん、ラッシー飲みたいの? それなら、母さんに言っとくよ?』


 ぶち壊しじゃない! そんなんだから、お兄ちゃんには彼女ができないのよ!!



 そうだ、今日はよーくんがウチに来るんだ。私はポテトサラダを作るんだった。


「お兄ちゃんおはよう。もう起きる」



 私、よーくんと……

 ウン!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 今日は天気が良くて暖かい。

 私達はお兄ちゃんの提案で、南口改札で待ってることにした。


『まもなく2番線に普通列車が到着します。黄色い点字ブロックまでお下がりください――』


『着いたみたいだね』


 よーくんが階段を降りてきた。

 手を振ると、よーくんは振り返してくれた。今日のよーくん、かっこいい服着てる。


『彼が芳幸よしゆきさんか。うん、かっこいい人だね』


 当然よ!


 私は、ネイビー地にドット柄のワンピースに白いパーカー、明るめのグレーのタイツ。パーカーはちょっと萌え袖なのがポイント……ってママが言ってたけど、似合ってるかな?


「よーくんはお兄ちゃんより年上なんだから、失礼の無いようにね」

「母さんの口まね……でもまあ、年上であろうがなかろうが当然だな」


「よーくん、こんにちは」

『芳幸さんこんにちは。琴菜ことなの兄のはやてです』

『ことちゃん、こんにちは。颯さん、初めまして。妹さんと仲良くさせていただいてます武川たけかわ 芳幸よしゆきです』

『我が家までは歩いて5分ほどです。トイレは大丈夫ですか』

『はい。大丈夫です』

『ならば、行きましょう』

「行こ。よーくん」


 お兄ちゃんが先頭で、よーくんと私が並んで歩く。


『ことちゃん、今日の服は大人っぽくていいね』


 “いいね”だって。うれしい。


「ありがとう。よーくんもかっこいいよ」

『ありがとう。実は、何を買ったらいいかわからなくて、マネキンに着せてあったものをまとめて買ったんだ。似合ってるかな?』


 よーくん、おしゃれしようと頑張ったんだ。なんだか可愛い。


「フフッ、大丈夫。似合ってるよ」


『お二人さん、仲いいですね。なんというか、兄としてうれしいです』

『ありがとうございます颯さん。あの、提案なんですが、お互い敬語はやめませんか? 語尾は“さん”でも、“くん”でも。それとアドレスを交換しましょう』


『……それいいっすね』


 よーくんとお兄ちゃん、仲良くなれたみたい。よかったー



 手を繋ぎたい。


「ねえ、よーくん。手を繋ぎたい」

『えっと』

『あれ、まだ手を繋いだことがないんですか?』

『まあ……実は機会もなくて』

『俺がいうのもなんですが、こーちゃん期待してますよ?』

『はい。じゃ、ことちゃん繋ごうか』

「うん!」


 よーくんの手、大きくて、温かくて、堅いけど柔らかい。


『ことちゃんの手、小さくて柔らかくてすべすべだね。繋いでるとうれしくなるよ』

「よーくんの手、大きくて、堅いけど柔らかい。私もうれしくなってくる」


『颯さん、放置してゴメン。実は、颯さんに相談があるんだ』

『放置?……いいもの見せてもらってるから、気にしなくていいよ。なんでも相談して』


 いいものって……


『お父さんに挨拶するときは、“敬語”はデフォルトとして、何かポイントとかあるのかな? 実はクラスメートが彼女の家に行ったら、お父さんがツンツンで、いまでも気にしてる、という話があって』

『男の永遠のテーマだな。えーと、敬語はデフォルト……なんだろうな。他のポイントといっても、俺、彼女のお父さんに挨拶した経験がない……』


 そう、お兄ちゃんは彼女いない。


『芳幸さんは、芳幸さんのお父さんからアドバイスとかもらってない?』

『あいにく結婚記念日の旅行中で』

『ゼロ×2はゼロ。でも、そんなに気にすることないよ。こーちゃんはもちろん、俺も母さんも芳幸さんの味方だよ。それに、ここだけの話、母さんが躾けたみたいで』

『躾けた……』

『あとは、父の性格からして、変に遠慮したり卑下したりはしないほうがいいと思う』

『ありがとう。丁寧に全力で主張せよ、ということだね』

『そうそう』


『芳幸さん。俺たちも、躾けられることになるのかな?』

『娘ならば。あるいは』

『『フハハ』』


 よーくんとお兄ちゃんは、わけわかんないこと言って笑ってる。


「ちょっとー、仲間外れにしないで!」

『ごめんごめん。仲間外れにしたわけじゃないんだよ』

『こーちゃんゴメン。えーとね、俺たちは男でしょ。だから結婚して女の子が生まれたら、父さんみたいに駄々をこねるかもってこと』

「パパは駄々こねてるの?」

『躾けられるんだから駄々だよ』


 よくわからない?



「あ、おうちが見えてきたよ。よーくん、あの青い屋根よ」


『いらっしゃい、芳幸くん』

『こんにちは江梨えりさん。お世話になります』



 よーくん、みんなに気に入ってもらってね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 こーちゃんあの情景を見慣れてるんですね。




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