第9話 こんな顔見せたくない

『先輩先輩、ラブレターをくれた人とは会ったんですか?』

「会ってないけど」

『泣いてたそうですよ』


「……僕がもらったのがラブレターだったこと、差出人や“差出人が泣いてたこと”をどうやって知った?」

『……』

「そんなところだと思ったよ」


 バカみたいだな。替えのボタンを買ったりして。


『なんだ分かってたんだ、面白くねぇ』


●●●●●●●●●●


 また、この夢。いや、夢じゃなくて“再生”なんだけど。久しぶりだ。


 ……顔を洗わないと。



♪♪♪


 お、メール……江梨えりさんからか。


【おはよう。今日はプール来る?】


 多分、用があるんだろうな。


 ことちゃんは、たぶん僕に好意を持ってくれてると思う。昨夜までなら喜べた。


 今、それが夢のせいで揺らいでる。

 あんなにいい笑顔を向けてくれるのに……自分がちょっとイヤになる。


 なんでいつも、ここぞというときに限ってあの夢を見るのか。


 でも、ヒマやあきらがプールを楽しみにしてるから連れて行かないわけにはいかないことはわかってる。


 ならば、“いつもどおりの武川たけかわ 芳幸よしゆき”でいかないとな。


「あ、槙野まきののおばさん。おはようございます。芳幸です。ヒマは今日プールに行きますか?」

『おはよう芳幸くん……行くって言ってるけど、何、いつもみたいにプールでデート?』

「何を言ってるんですか……えーと、いつものように3時にそちらに行きます」

『大事なのは清潔感だからね。こざっぱりした格好で行くのよ』

「はい。では、3時に」


 不潔そうにしていったら、“元通り”になれるのかな。

 考えるだけなら自由だろ?



 で、江梨さんだ。


【おはようございます。行きます】


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「こんにちは、ことちゃん、江梨さん」

『こんにちは、よーくん』

『こんにちは、芳幸くん』


 ことちゃん、ローテーブルを潜って隣に……ちょっとだけ離れて座った。

 右腕が敏感になってる。これ、ことちゃんの体温を感じ取れるぐらいかもしれない。


 あ、右腕に電気が流れた。


 袖の服地が触れたんだ。

 ことちゃんも袖が触れているのを認識しているらしく、笑顔……ちょっとコケティッシュな笑顔になってる。


 そうだ、


「ことちゃん、父さん、母さんがよろしくって」

『よーくん、お父さん、お母さんと話したの?』

「うん」


 ことちゃん、笑顔になった。そりゃ心配だっただろうな。伝えて正解だ。


「バッチリだよ」


『あの、今日はおやつを作ってきたの』

「……それは、うれしいな」

『ママ!』

『あいよ』


 江梨さんがタッパーウエアを取り出して、ローテーブルに置く。


「これは何?」

『フルーツ白玉。白玉だんごに缶詰のミカンをかけてるの』


 白玉だんごって、もち米の粉で作るだんごだよね。


「おいしそうだね。これ、ことちゃんが作ったの?」

『ママに教えてもらって作ったの』

「そうか、ありがとね」


『はい。あーんして』

「え???」

『早く!』


 みんなが見てるよ。

 ちょっと恥ずかしいけど、いただこう。


「……ああ、いただきます」


 “あーん”っていいな。


「うん。おいしいよ」


『よかった。今度はミカンね。あーん』

「これもおいしい」


 こんなおいしいものを僕ばっかり食べてるのは申し訳ない。


「いっしょに食べる?」


 言ってしまってから気が付いた、フォークが1本しかないから、間接キスになってしまう。

 ちょっと、やばいかな。


『よーくんに食べて欲しくて作ったから、よーくん食べて』


 江梨さんが見てる。

 だから間接キスが避けられたのは良かった。


「じゃあ、チョコあるからことちゃんはチョコ食べて」

『うん』


『チョコおいしい』

「そうか。よかった」

「ごちそうさま。とってもおいしかったよ。ことちゃんありがとね」


 ……ごめん、ことちゃん。

 ことちゃんには、こんな顔を見せたくなかったというか、知られたくなかったから、仮面をかぶって接してしまった。フルーツ白玉を作って来てくれたことちゃんに失礼だよな……



 今日のことちゃんは、ディズニーの白雪姫コスまとっていることに気が付いた。


「あ、白雪姫の服」

『ママに買ってもらったの』


 ことちゃんは、いつもおしゃれ。

 白雪姫コスも似合う。


「良く似合う……可愛いよ」


 慈枝よしえとヒマ以外の女の子に初めて“可愛い”と言った。


『ありがとう』



『芳幸くん、“あーん”してもらってうれしかった?』

「“あーん”はちょっと恥ずかしかったですけどおいしかったです。あの、お手数をおかけしました」

『何のこと? こーちゃんが芳幸くんに食べさせたかったんだから……そうそう、別の意味で気にしなければならないかもね!』



 あの嘘ラブレターを、どこのどいつが書いたか知らない…見当はつくけど…


 そんな奴は、自ら事象の地平線の向こう側にいると宣言しているようなものだから無視すれば……無視することに努めればよい。そして、今後は、ことちゃんだけを信じよう。


「はい。それは……認識してます」


 よし、宣言したぞ。


『フフ、じゃあこーちゃん帰りましょうか。芳幸くん、またね』

『よーくん、またね。元気にしててね』

「ことちゃん、ありがとう。またね。江梨さん。またです」


 前を向こう。ありがとう、ことちゃん。



 あれ、小さな女の子が手を振ってる。

 あれは、時々ことちゃんが遊んでる子で、江梨さんのママ友さんの子どもだったな。


 最近……いわゆるモテ期というやつなのかな?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 媒体(音声か書面か)が違うだけで、ウソ告ですよね。

 これが、意外と昔からありました。1980年(昭和55年)ごろから……




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