第5話 大丈夫から始める◆side琴菜◆

「ねえ、これちょうだい」


 あの人は、最初ちょっとびっくりしたような顔をしたけど、すごくうれしそうな顔になった。


 よかった、つらそうな顔のままだったらどうしようかと思ってた。


『一緒に食べる?』


 よーし、Alyssa(アリッサ)みたいにあの人の隣で……ローテーブルの下をくぐって……あれ、あの人、テーブルの縁を握っている。何してるの?


「どうして、テーブルを持ってるの?」

『テーブルの角に頭をぶつけると痛いから』


 こーちゃんが痛くないように優しくしてくれるんだ……うれしい。

 あの人の隣に座ったけど、体をくっつけるのは、恥ずかしいから、ちょっとだけ離れて。

 あの人、またびっくりしてたけど、嬉しそうに、あーんしてくれた。

 

 おいしい。

 一緒に食べるとやっぱりうれしい。

 あの人は喜んでくれるかな……喜んで欲しいよ。


 二人で並んでチョコを食べていると、あの人はやっとつらそうな顔をしなくなった。

 これ、喜んでるのよね。よかったー


『この前は、おいしくないチョコでごめんね』


 そんなこと謝らなくていいよ。あのチョコは、ちょっと苦かったけど、嫌じゃなかったよ。


「大丈夫だよ。ママに聞いたけど、あのチョコは大人のチョコなんでしょ?」

『う、うん』


 いけない、また、ちょっとだけつらそうな顔になってきた。元気にしてあげないと。


「もうちょっと大きくなったら、きっとあのチョコを好きになるよ。だから、もうちょっと大きくなったら、あれをちょうだい」

『ありがとう……そうするよ』


 あの人、パソコンやってるときの目になってきた……やっぱりかっこいい!


『あのね、名前を教えてくれる? 僕は、武川たけかわ 芳幸よしゆき、高校2年生だよ』


 “よしゆき”……“よしゆきさん”……“よしくん”……“よーくん”……うん“よーくん”がいい!


涼原すずはら 琴菜ことなっていうの。幼稚園の年中さんなの」

『“ことな”だから……“ことちゃん“って呼んでいいかな?』


 “ことちゃん”……可愛い呼び方でちょっとうれしい。


「うん。」

「こーちゃ……私は、“よーくん”って呼んでいい?」


 決めた、子供みたいな“こーちゃん“じゃなくて、“私”って言う。


『“よーくん”って呼ばれ方は初めてだな。小学校のときの同級生の女の子は“よしくん”って呼んでたんだっけかな……“よーくん”か、ちょっとうれしいかも』


 “ことちゃん”、“よーくん”は私たちだけの呼び方。ほかの誰にも使ってほしくないな。


「あのね、よーくん……この前、“またね”って言わずに帰っちゃってごめんなさい。怒った?」

『大丈夫、怒ってないよ』

『自分じゃわからなかったけど、妹にあの日家に帰ってきたときは、とても落ち込んだ顔をしてるって言われた』

『ことちゃん、僕が落ち込んだ顔してて、怖くなっちゃったんじゃないかな。僕のほうこそ怖い顔してて、ごめんね』

「よーくんは、怖くないよ。」


 よーくんは優しい……

 よーくんはかっこいい……


 私は、よーくんのことが好きになったかも。



 妹?


「妹がいるの?」

『うん。中学3年生で、慈枝よしえっていうんだ。ことちゃんともっと仲良くなれるよう頑張れって言われた。』


 私達のこと応援してくれてるんだ。ちょっとうれしい。


『ほかに、父さんと母さんも僕とことちゃんが仲良くしてるって知ってるよ』


 えっ、どうしてみんな私のことを知ってるの?

 嫌じゃないけど……


「どうして知ってるの?」

『僕、父さんの友達んちの女の子とその弟を連れてきてるんだ』


『水泳を習っているのがお姉ちゃんの槙野まきの 向日葵ひまわり、小学校の4年生で、僕は“ヒマ”って呼んでる。今はプールだな。弟はあきらで、幼稚園の年少さん。この子は水泳は習ってなくて……今はそこでテレビを見てる』


『その晶が僕とことちゃんが話していることをヒマ、槙野パパ、槙野ママに話して、それが僕の父さん母さん妹に伝わったみたい。嫌だったかな?』


「ううん。よーくんの父さんや母さんは何て言ってるの?」

『父さんと母さんは夜遅くまで仕事をしていて、なかなか会えないから、まだ、ことちゃんのことを話せてない』


 おままごとでは、女の子は彼氏のお父さんとお母さんに挨拶するんだけど、やっぱり私も挨拶したほうがいいのかな?


「みんなと、お話ししてみたい」

『じゃあ、母さんに話しておくよ。ご飯に誘っていいかって』

「みんな、仲良くしてくれるかな?」

『大丈夫だよ。ことちゃんを“大切なお友達”って紹介するから』

「うん……」


 友達……


「私には、パパ、ママ、お兄ちゃんがいるの」

「よーくんのことはママには話しているし、ママもよーくんを見たことがあるんだって。でも、パパやお兄ちゃんは知らないの」


『……ことちゃんのパパは、ことちゃんが僕と仲良くなったって知ったら、きっと落ち込んじゃうと思うよ。お兄ちゃんは大丈夫かもしれないけど』


 私は、パパのこと好きだから、パパが落ち込むのはイヤかも…でも、よーくんとはもっと仲良くしたい。


『貴方が琴菜と仲良くしてくれてる人?』


 なんで、いきなりママが来るの!

 よーくんびっくりしちゃうじゃない!!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。

 

 お互いの名前を知ることで、距離が縮みます。

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