第1章 最初の一歩

第1話 ねえ、これちょうだい

『ねえ、これちょうだい』


 顔を上げて声の主を見ると、女の子……幼稚園児かな?

 可愛いらしい顔立ちの子ですね。

 でも、ちょっと凛々しい感じがするかも。



 僕は、幼児とか小学校低学年ぐらいの子どもになぜだかモテる。

 別に子供が好きそうなファッション――そんなものあるのか? ――をしているわけではなく、幼稚園の保父さん的な表情を作ったこともない、職業は高校生……高校2年生。

 まったくもって不思議。


「……ん……ああ、いいよ」


 と、答えると、なんか、すごい喜んだ。そんなにチョコが欲しかった?


 子供のころ、父の実家(とっても田舎)に住んでいて、近所に同性、同年齢の子供がおらず、いつも二つ下の妹の慈枝よしえを連れまわしていた――ほぼ覚えていない――とのこと。


 大きくなって、今の場所に住むようになってからは、父親同士が幼馴染の槙野まきのさんのお子さんのヒマ(槙野まきの 向日葵ひまわり)、あきらの姉弟の面倒もみることが多くなった。


 そのせいかどうかわからないが、この年頃の子どもに接すると、その子を溺愛するとか、かなり距離を詰める、といった、お兄ちゃんモードが発動してしまうことがある。


 この子、もとが可愛いけど笑顔になるともっと可愛い。

 このときもお兄ちゃんモードが発動。チョコを1粒つまんで、


「あーんして」


 後で考えたら、初対面の女の子にいきなり“あーん”はないとも思うが、その時はそんな考えはなかった。

 当の女の子も“引く”ことはなく、ちゃんと“あーん”されてくれていた。


 表情が溶けた。やっぱり甘いものって魔力があるね。


「おいしい?」

『うん』


 このチョコは、別に僕の手作りということはなく、普通のメーカー品で、どこのコンビニにも売ってるような商品なんだけど、なぜかうれしくなって、


「よかった」


 と、答えたら、面白そうに笑ってくれた。


 おいしそうに食べるね……僕も食べたくなっちゃった。

 このチョコはこの子の所有物じゃないから断る必要はないんだけど、なぜか語りかけたくなって、「僕も食べていい?」と聞くと、面白そうに『いいよ』とのこと。問いかけて正解だった。


 二人でチョコを食べると、おいしく感じる。


『どうして、チョコ食べてるの?』


 と、聞かれた。

 正直に答えれば、“口がさびしいから”となるんだが、たぶん通じない。だから、答えをちょっと考えて、


「おなかがすいたからだよ」


 と、答えた。するとあの子は、お母さんと思われる人のところに走って行って、ビスケットを持ってきた。


『これ、あげる』


 どうやら、“おなかがすいた”を真に受けてしまったんだろう。


 弟、妹又はお兄ちゃんモードの対象となった子は、お菓子をあげたら、全部食べてしまうことが多い、というか還ってきた経験はない。


 それと、このビスケット、あの子のママが用意したあの子のおやつだろうからちょっと気が引ける。

「えっ、いいの?」と質問すると、『うん』とのこと。


 全部もらうとひとりじめになってしまうので、1枚だけもらって、「ありがとう」とお礼を言い、食べた。


 ちょっと感激してしまって“おいしいとしか感じられない”というところがあったが、素直に「おいしいよ」と伝えたら、今日一番の笑顔になった。


 喜んでくれたみたい。


 ビスケットをくれたのは、いわゆる母性行動的なものなのかな。


 某幼児向けアニメのヒーローは、おなかが減っている人を助けることを最優先にしており、あれも、ある意味母性行動と言えなくはないような気がする。

 また、心なしかさっきの笑顔は、母さんに、ごはんがおいしいことを伝えた時の笑顔と似ているような気がする。

 あれ?まさに今日のあの子と僕の関係じゃないか……そんなにおなかがすいてたわけじゃないけど……


 それとも、


 “優しくしてくれた”


 と、思ってもいいのかな。


『――ちゃん帰るよー』

『あ、ママが呼んでる』

「うん。またね」

『またね』


 “さようなら”や“バイバイ”は“これっきり”みたいで好きじゃない。

 だから、“またね”と言ったけど、なんか通じたみたい。



 可愛い子だった。吸い込まれそうな笑顔がいい……


 うれしかった。

 ビスケットをくれた、というか、優しくしてくれたこと、ねだってくれたこと、僕のほうは無意識だったけど“あーん”に応じてくれたこと、良い笑顔をくれたこと……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 本作は、会話劇が多いです。心理描写、場面描写は会話の中に込めたつもりです。つたない物語ですが、お付き合いいただければと思います。

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