第37話 女好きは死ぬまで治らない

 日曜日の夕方、レオ一家は近所のお好み焼き店『山村』に出掛けていた。


「亜里沙の分はパパが作ってやるから、楽しみに待ってるといいよ」


 この山村はお好み焼きを自分で作ることのできる、一風変わった店だった。

 レオは不慣れな手つきながら、なんとかお好み焼きを作っていたが、生地をひっくり返す時に力を入れ過ぎて失敗し、中身をぶちまけてしまった。


「わあ! 亜里沙の分がぐちゃぐちゃになってしまった!」


 亜里沙はそれを見て泣き出し、隣に座っていた妻の由美も「子供の前でいい恰好しようとするから、そんなことになるのよ」と、レオに強烈なダメ出しをした。


「仕方ない。これは俺が食べるから、亜里沙の分は店員さんに焼いてもらおう」


「当然よ。これに懲りて、二度と自分で焼くなんて言わないでね」


「分かったから、もうそんなに責めるなよ」


 二人が店員の焼いた美味しそうなお好み焼きを食べる中、レオは苦々しい顔で自分の焼いた不格好なお好み焼きを食べていた。



 翌日、山村に一人で訪れたレオは、昨日の汚名を晴らすべく自分でお好み焼きを作り、今度は無事成功した。

 その後も何回か一人で訪れ、その度に自分で作っていたレオは、いつの間にか店員に劣らぬほどの腕前になっていた。


「レオさん、このままウチで働かない?」


 店長にそう言われたレオは、「店長の気持ちは嬉しいのですが、ここは女性店員がいないので無理です」と、キッパリと断った。


「でも、お客さんは女性が多いよ」


「いくら私でも、お客さんに手を出すわけにはいきません。そのくらいの常識は持っているつもりです」


「レオさんは結婚してるんだから、店員にも手を出してはいけないんだけどね。まあ、それはいいとして、どうしてもダメ?」


「はい。男に二言はありません」


「給料を今働いている所の1、5倍払うと言っても?」


「ええ」


「じゃあ、二倍では?」


「二倍ですか? それプラス女性店員を一人雇うという条件なら、働いてもいいですよ」


「それだと、さすがにこっちの負担が大きいから、なんとかレオさん一人でお願いできないかな?」


「すみませんが、丁重にお断りします。女性のいない職場なんて、私にとってはルーのないカレーみたいなものですから」


「それは残念だな。じゃあ気が向いたら、言ってきてよ。俺はいつまでも待ってるから」


「わかりました」


 レオは一応そう返答したが、山村で働こうとは微塵にも考えていなかった。




 後日、家族で山村に訪れたレオは、慣れた手つきでお好み焼きを作り始め、亜里沙から「パパ、すごーい!」と感心される程のものを作り上げた。

 

「あなた、いつの間に、こんなに上手に焼けるようになったの?」


 由美が不思議そうな顔で訊くと、レオはすました顔で「この前はたまたま失敗しただけで、俺は前からこれくらいのものを作れたんだよ」と言ってのけた。


「よく言うよ。あれからずっとここに通って、お好み焼きを作る練習をしてたくせに」


 近くでレオたちの会話を聞いていた店長がニヤニヤしながらそう言うと、レオは慌てながら「店長、冗談は顔だけにしてくださいよ」と、返した。


「それはこっちのセリフだよ。奥さん、ちょっと聞いてください。レオさんはあれからしょっちゅうウチを訪れて、自分でお好み焼きを作っているウチに、私と同等の技術を身につけたんです。私はその熱心さと腕前に惚れこんで、今の二倍の給料を払うと言ってレオさんをスカウトしたんですが、女性店員がいないことを理由に断られました」


「その話、本当なんですか?」


「もちろん本当です。奥さんからも言ってくださいよ。奥さんだって、給料が二倍になった方がいいでしょ?」


「それはそうですけど、私は主人の意見を尊重します。実際に働くのは彼なので、彼が働きたくないと言ってるのなら、私は無理強いはしません」


「そうですか。では、私からはこれ以上は何も言うことはありません。どうぞごゆっくり食事を楽しんでください」


 そう言うと、店長はそそくさとテーブルから離れていった。


 その後、食事を終えて満足そうな顔で帰宅したレオ一家だったが、亜里沙が眠るやいなや、その状況は一変した。


「あなた、さっき店長が言ってたことって本当なの?」


「本当だけど、それがどうかした?」


「女性店員がいないことが、断った理由というのも?」


「ああ」


「そんなくだらない理由で断ってんじゃないわよ! さっきは亜里沙がいたから我慢したけど、あなたの女好きはいつになったら治るの?」


「それは多分死ぬまで治らないよ。なぜなら、女好きは病気じゃなくて、俺の特徴だからさ。ぎゃははっ!」


「笑ってんじゃないわよ! 女好きが特徴なんて、私は絶対認めないからね!」


 そう言うと、由美はさっさと寝室へ向かった。

 残されたレオは、そんな彼女を愛おしい目つきで見送っていた。


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