第36話 〈ベストフレンズ〉プロになる?

「なあブック、ちょっと話したいことがあるんだけど、いいか?」


 休日の昼間、坂川は相方の坂本をカフェび呼び出し、真剣な表情で切り出した。


「なんだよリバー、そんな改まって」


「今度、大手の尾上事務所が漫才のオーディションを開催するみたいなんだけど、それに参加してみないか?」


「はあ? なんだよ、藪から棒に」


「協田さんの脚本がドラマ化されることになっただろ? なんかそれに触発されたっていうか……」


「協田さんは元々才能があったからそうなったけど、俺たちみたいな凡人がうまくいくわけないだろ」


「それはやってみないとわからないじゃないか。それに僕は、ブックのことを凡人だと思ってないから」


「そう思ってくれていることは有難いけど、残念ながら俺は凡人中の凡人だ。お笑いの才能なんてひとかけらもないよ」


「でも、ブックの書いたネタで、いつも多くの人を笑わせてるじゃないか」


「それはそうだけど、しょせんは素人の書いたものだ。プロとは比べ物にならないよ」


「そんなことないよ。僕はプロにも負けてないと思ってる。なあ、受けてみようぜ。たとえ落ちたとしても、僕たちには失うものなんて何もないんだからさ」


「なあリバー、俺たちもう三十四歳なんだぞ。いい年したおじさんが、今更オーディションもないだろ」


「協田さんなんか、僕たちより年上なのに頑張ってるじゃないか。お前、そんな姿見てて、何とも思わないのか?」


「さっきも言ったけど、協田さんと俺たちじゃ、持ってる才能が違うんだよ。一緒にするな」


「だから、そんなことないって、さっきから言ってるじゃないか。ブックはプロでも十分通用するよ」


「お前もお笑いは素人のくせに、なんでそう言い切れるんだ?」


「僕がブックの一番のファンだからだよ。その僕が言うんだから間違いないさ」


 中々あきらめてくれない坂川に、坂本は大きくため息をつきながら、「お前がそこまで言うんなら、ダメ元で受けてみるか。で、そのオーディションはいつあるんだ?」と、彼の言うことを受け止めた。


「来週だけど」


「マジで! じゃあ、すぐにネタを考えないといけないじゃないか」


「ネタならもうあるじゃないか。この前、コンビ名に関するネタを披露しただろ? あれをやろうぜ」


「確かにあれは、俺が一番自信を持ってるネタだけど、通用するかな?」


「うん。間違いなく通用するよ」


「お前にそう言われると、なんか自信が出てきた。じゃあオーディションまでとことんネタ合わせして、クオリティを高めようぜ」


「ああ」


 その後一週間、二人は寝る間も惜しんで、時間をネタ合わせにー充てた。

 その甲斐あって、二人は見事オーディションに合格し、尾上事務所に所属することになった。


「まさか本当に合格するとはな。これで僕たちもプロになったってことか」


「ああ。来週までに東京に引っ越さないといけないし、これから忙しくなるな」


「僕はそうでもないけど、ブックは岡さんのことがあるから大変だな」


「ああ。どうやって切り出そうか、まだ考えがまとまらなくてさ」


「なんなら、僕が話そうか? こうなったのも、元々僕が言い出したことだし」


「そうしてもらえると助かるけど、本当にいいのか?」


「もちろん。じゃあ、明日にでも言っておくよ」





 翌日、坂川は坂本のことで話があると言って、昼休みに伊代を工場裏へ呼び出した。


「なんですか、話って?」


「実は僕たち、この前漫才のオーディションに合格してさ。来週東京へ引っ越すことになったんだ」


「えっ! 敏行、そんなこと全然言ってなかったのに……」


「言いにくかったんじゃないかな。東京に行ったら、君とは離れ離れになるわけだし」


「でも、そんな重要なこと、他の人から聞きたくなかったです」


「君の気持ちも分かるけど、言い出せなかった坂本の気持ちも分かってあげてよ。相方として謝るから、坂本のことも許してあげてくれないか?」


「坂川さんに謝ってもらういわれはありません。これは私と敏行の問題ですから」


「そうはいかないよ。坂本をオーディションに誘ったのは僕なんだからさ」


「そうなんですか? 私はてっきり逆だと思ってました」


「坂本はお笑いの才能があるから、このまま埋もれさせるのは勿体無いと思ってさ」


「でも、二人とも三十四歳でしょ? 新人としては、ちょっと年を取り過ぎてると思うんですけど」


「坂本にもそう言われたよ。でも、一番大事なのはやる気だろ? それさえ持ってれば、年齢のハンデなんて、なんの問題もないさ」


「敏行はやる気になってるんですか?」


「うん。口には出さないけど、この前のオーディションあたりから、明らかに目つきが変わったから」


「分かりました。少し寂しくなるけど、私は二人を応援します」


「ありがとう。そう言ってもらえると、僕も坂本も助かるよ。じゃあ、話はそれだけだから」


 そう言うと、坂川は足早に去っていった。

 残された伊代は、言葉とは裏腹に大粒の涙を流しながら、その後ろ姿を見送っていた。











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