第35話 別れの予感
「ねえ麗華、その後、協田さんとはどうなってるの?」
出勤途中のバスの中で、森杏奈は日笠麗華に訊いた。
「彼、今ドラマの打ち合わせで東京に行ってるんですけど、プロデューサーから次回作のオファーをもらったみたいなんです」
「へえー。じゃあ協田さん、これから忙しくなるんじゃない?」
「そうみたいですね」
他人事のように答える麗華に、安奈は「どうしたの? なんか元気ないみたいだけど」と、心配そうな顔で訊ねた。
「彼、すごくやる気になってて、もしかするとこのまま東京から帰って来ないんじゃないかと思って……」
「えっ! じゃあ、麗華とは離れ離れになるってこと?」
「ええ、まあ」
「それで、麗華はいいの?」
「いいも悪いも、私は彼が決めたことに従うだけですから」
「協田さんは何て言ってるの? 一緒に東京へ行こうって言ってくれた?」
「いえ。多分この先も言ってくれないと思います」
「じゃあ遠距離恋愛になるじゃない。経験上、遠距離恋愛って、うまくいかないのよね」
安奈はしみじみと言った。
「特に協田さんはモテるから、遠距離になったらほぼ間違いなくうまくいかなくなるわよ」
「そうでしょうね。もし彼が本当に東京で暮らすことになったら、別れようと思ってます」
「……そう。残念だけど、その方がいいかもしれないわね」
まだ付き合って日の浅い麗華がそこまで決めている現実に、安奈は居たたまれない気持ちになった。
「君の書いた脚本はほんと面白いな。いくら自分の経験を基にしたものといっても、中々こううまくは書けないぞ」
「ありがとうございます。褒めてもらい、素直に嬉しいです」
プロデューサーの高橋との打ち合わせの最中、協田は笑顔が絶えなかった。
「特に女性の心情がよく書けてるな。実際に多くの女性と付き合っていなければ、こうはいかない。今まで、どのくらいの人数の女性と付き合ってきたんだ?」
「そうですね。ざっと、二十人といったところでしょうか」
「なるほど。その経験がうまく活かされてるんだな。ところで、この脚本なんだけど、実際のところ、どこまでが現実に起こったことなんだい?」
「ほぼ全部です。実際に起こったことに、脚色を加えたものがほとんどです」
「じゃあ君は、これまでいろんな修羅場を乗り越えてきてるんだな。そんなに次から次へと問題が起これば、俺だと女性と付き合うのが億劫になりそうだけどな」
「私も、そう思った時期がありました。でも、どうしても好奇心の方が勝っちゃうんですよね」
「はははっ! 君は根っからの女好きだな。で、今はどうなんだ。当然彼女はいるんだろ?」
「今の彼女は私がこれまで付き合ったことのタイプでして、他の女性陣からの嫉妬も全然平気みたいなんです」
「ほう。じゃあ君にとっては、とても都合のいい女性ってわけだな」
「その言い方はちょっと語弊があると思うんですけど。できれば、理想の女性でお願いします」
「はははっ! で、その理想の彼女とは、うまくいってるのかい?」
「ええ。でも、来月私が東京へ引っ越すことをまだ言ってなくて、もし言った場合にどんな反応をされるか、ちょっと怖いんです」
「なるほどな。で、君はどうなんだ。彼女に付いてきてほしいのかい?」
「いえ。この先どうなるか分からないので、彼女にそこまではさせられません」
「君の才能なら、この先もちゃんとやっていけるよ。それは俺が保証する」
「ありがとうございます。でも、まだ結果が出ていないので、ある程度結果が出て、この先もやっていける自信がついたら、彼女を東京へ呼ぼうと思ってます」
「意外と慎重派なんだな。まあ裏を返せば、それだけ彼女のことを真剣に思ってるってことだな」
「ええ。なんといっても、理想の彼女ですからね」
飛び切りの笑顔で答える協田に釣られたように、高橋もさわやかな笑顔を返した。
後日、麗華を自宅に呼び寄せた協田は「実は俺、来月東京に引っ越すことにしたんだ」と、唐突に告げた。
「そう。じゃあ、私たちもう終わりね。このまま別れましょう」
顔色一つ変えず淡々と話す麗華に、協田は「ちょっと待てよ。いくらなんでも、それは早急すぎないか」と、慌てたように言った。
「じゃあ、どうするの? 遠距離になっても、このまま付き合いを続ける気?」
「俺はそのつもりだけど、麗華はそれじゃ嫌なのか?」
「うん。遠距離になったら多分、私嫉妬に狂うと思う。そんな姿、あなたに見せたくないから」
「麗華に限って、それはないだろ」
「ううん。今はうまく隠してるけど、私って本当は嫉妬深い女なの。ていうか、女はみんなそういうものなの。だから、そうなる前に別れましょう」
「今は付いて来いとは言えないけど、この先脚本家としてやっていける自信がついたら、お前を東京に呼ぼうと思ってる。だから、それまで待っててくれないか?」
「あなたの気持ちは嬉しいけど、私そんなに我慢強くないから、それまで自分の心が持たないと思う。だから、このまま別れた方がいいと思うの」
「……そうか。お前がそこまで言うのなら仕方ない。不本意だけど、このまま別れよう」
「うん」
涙一つ見せず気丈な姿で部屋を出て行く麗華を、協田は沈痛な表情で見送っていた。
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