第33話 葉子の葉子たる所以
「ギャー!」
「化け物!」
「今まで見たお化けの中で一番怖い!」
お化け屋敷の中にこだまする、おびただしい数の叫び声。
その中心には、『幽霊の生まれ変わり』『幽霊に取り憑かれた女』『幽霊に魂を売った女』等、数々の異名を持つ山本葉子がいた。
彼女の凄さは、ほぼノーメイクなところ。それにも拘わらず、フルメイクで臨んでいる他のお化け役を圧倒する程の人気だった。
「ほんと、いつもながら葉子さんには敵わないわ」
「こっちは時間をかけてメイクしてるのに、すっぴんの葉子さんに負けるんだからな」
「いっそのこと、菓子工場をやめて、こっちでフルに働けばいいじゃないですか」
「冗談じゃないわ。私は今すぐにでも、ここを辞めたいと思ってるんだから」
「「「どうして?」」」
「独身のおばさんが、いつまでもこんな所で働いてたら、みじめでしょ?」
「そんなことありませんよ。葉子さんはこのお化け屋敷のレジェンドなんですから」
「そうですよ。葉子さんほどお化け役が似合う人なんて、どこにもいないんですから」
「もっと自分に自信を持ってください」
「そんなんで自信なんか持ちたくないんだけど」
「そんなこと言わずに、これからもたくさんの人を驚かせてくださいよ」
「葉子さんは、この仕事が天職なんですから」
「ということで、来週また会いましょう」
そう言うと、バイト仲間たちは、それぞれ帰っていった。
──あの子たち、好き勝手言って。お化け役が天職なんて言われても、ちっとも嬉しくないわよ。
葉子は心の中で毒づきながら、最後に自らも帰途に就いた。
翌朝、配置板の前にいた葉子に、レオが声を掛けた。
「葉子さん、何を見てるんですか?」
「何って、自分のポジションを確認する以外に何があるの?」
「葉子さんが確認する必要なんてないでしょ。どうせ洗い場に決まってるんだから」
「私もそう思うけど、万が一ってことがあるかもしれないでしょ?」
「そんなの、あるわけないでしょ。もし葉子さんが違う所に配置されてたら、へそで茶を沸かしてあげますよ」
「レオ、そんなこと言っていいの? 後で冗談でしたって言っても、聞く耳持たないからね」
「そんなこと言いませんよ。だって、たとえ地球がひっくり返っても、そんなのあり得ませんから。ぎゃははっ!」
自信満々に答えるレオに、葉子は薄笑いを浮かべながら、「じゃあ早速、へそで茶を沸かしてもらおうかしら」と返した。
「はあ? なんで私がそんなことしないといけないんですか」
「じゃあ、配置板をよく見てみなさいよ」
葉子に言われた通り、レオが配置板に目を向けると、洗い場のポジションに葉子の名前はなく、代わりにフルーツトッピングのポジションに彼女の名前があった。
「さっき井上さんが言ってたんだけど、今日突発で休んだ人が多くて、ラインで働く人が足りないらしいのよ」
「それで葉子さんに白羽の矢が立ったんですか?」
「そういうこと。で、いつへそで茶を沸かしてくれるの?」
「そんなの、できるわけないでしょ」
「なに開き直ってんのよ。やると言ったのは、あんたでしょ」
「まさか本当に葉子さんが洗い場以外に配置されるとは思わなかったんですよ」
「そんなの知らないわよ。さあ、早くへそで茶を沸かしてよ」
「だから、そんなことできないって言ってるでしょ!」
「できもしないことを簡単に言ってんじゃないわよ!」
「じゃあ、葉子さんはフルーツトッピングなんてできるんですか? もしできたら、私もへそで茶を沸かしてあげますよ」
「言ったわね。もしできたら、今度こそ本当にやってもらうからね」
そう言うと、葉子はさっさと自分のポジションに就いた。
──普段洗い場の作業しかしていないとはいえ、私も長年ここに勤めてるわけだから、トッピングくらい
自信満々に臨んだ葉子だったが、次々と流れてくる土台に次第に遅れ始め、終いにはフルーツが載っていない土台が何個もコンベアーの上を流れる事態に陥った。
「葉子さん、何やってるんですか!」
「早くフルーツを載せてください!」
「ほんと、洗い場以外は何もできないんだから!」
近くで作業している従業員の怒号が飛び交う中、葉子は「あんたたち、うるさいわね。文句があるのなら、私をここに配置した井上さんに言いなさいよ!」と、堂々と言い放った。
「何、開き直ってんのよ!」
「そうよ。そんなことしてる暇があったら、さっさとフルーツを載せなさいよ!」
「この、化け物女!」
「化け物は関係ないでしょ!」
泥仕合の様相を呈してきた言い合いを横目で見ていたレオは、これでへそで茶を沸かさなくて済むと、ひそかに胸をなでおろしていた。
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