第30話 浮気男の新たな標的

──さてと、日笠さんに振られたことだし、今度はアンニカにでも手を出そうかな。


 浮気バナナこと坂本敏行は、岡伊代という彼女がいながら、今度はレオのお気に入りのアンニカに目を付けていた。


──問題はどうやって口説くかだな。彼女はまだ十九歳だから飲みには誘えないし、かといって工場内で告白するのも味気ないしな。


 迷った挙句、ここは正攻法でいこうと、休日、坂本はアンニカを公園のベンチ前に呼び出した。


「やあ、急に呼び出して悪かったね」


「いえ。それより、話って何ですか?」


「まあ、そんなに急がずに、とりあえずこれでも飲みなよ」


 そう言うと、坂本はオレンジジュースを差し出した。

 アンニカはそれを受け取ると、そのままベンチに座り、美味しそうに飲み始めた。


「突然だけど、アンニカちゃんって、彼氏いるの?」


「いません。日本に来てから、まだ一回もできたことないんです」


「そうなんだ。ちなみに、好きなタイプは?」


「タイプはこれといってないですけど、強いて言えば嘘をつかない人かな」


「ふーん。じゃあ年齢は? 何歳くらいまでならOK?」


「年齢はあまり気にしません。とりあえず、父親より年下ならいいです」


「お父さんは何歳?」


「四十五歳です」


「じゃあ、俺より全然年上だな。とりあえず、ホッとしたよ」


「それ、どういう意味ですか?」


「いや、君さえ良かったら、彼氏に立候補しようかなと思ってさ」


「えっ! でも、坂本さんって、たしか岡さんと付き合ってるんですよね?」


「伊代とはもう大分前からうまくいってなくてさ。だから今は、いつ別れてもおかしくない状況なんだよ」


「それ、本当ですか? さっきも言いましたけど、私、嘘をつく人が大嫌いだから、もしそれが嘘だったら、坂本さんのことも嫌いになりますよ」


「嘘じゃないよ。ここだけの話、俺元々、伊代のことがあまり好きじゃなくてさ」


「えっ! じゃあ、なんで付き合ったんですか?」


「伊代にしつこく言い寄られてさ。それで仕方なく付き合ったんだけど、今は後悔してるんだ」


「坂本さんにそんな風に思われてたなんて、岡さんが可哀想」


「可哀想なのは俺の方だよ。好きでもない相手と付き合ったせいで、こうして好きな人ができても、なかなか告白できないんだからさ」


「でも、さっき、私の彼氏に立候補するって言ったじゃないですか」


「本来は伊代と正式に別れてから告白するのがルールなんだけど、君への愛が溢れ過ぎて、ついフライングしちゃったんだよ」


「それ、ちょっとおかしくないですか? 坂本さんは告白するために、私をここへ呼び出したんでしょ?」


「いや、今日の段階では、ここまで言うつもりじゃなかったんだけど、つい魔が差したというか……」


「なんか、しどろもどろですね。何度も言うようですけど、私、嘘が大嫌いなので、もしそれが嘘だったら、このまま帰りますよ」


「嘘じゃないよ。今日は『友達になってくれ』って言うつもりだったんだ」


「私たち、もうラインも交換してるんだから、友達みたいなものじゃないですか」


「友達にもいろんな種類があるだろ? 例えば、ラインのやり取りをするだけの浅い友達だったり、休日に一緒に映画を観に行くような深い友達だったり」


「分かりました。とりあえず、坂本さんの言葉を信じます。そのうえで答えますけど、私は坂本さんと付き合うつもりは毛頭ありません」


「えっ! ちなみに、理由は?」


「彼女を大事にしないからです。たとえ最初は好きじゃなくても、付き合っているうちに相手に対して愛情が湧くのが普通でしょ? なのに、坂本はそうなるどころか、岡さんと付き合ったことを未だに後悔してるじゃないですか」


「それは君を口説くために言ったことなので、そのまま鵜呑みにされても困るんだけど」 


「じゃあ私を口説くために、嘘をついたってことですか?」


「嘘じゃなくて脚色だよ」


「いいように言わないでください! 私、嘘をつく人の顔なんかもう見たくありません!」


 そう言うと、アンニカは逃げるようにその場を去っていった。


──あーあ。やっぱり、ダメだったか。最初に嘘をつかない人がタイプと言った時点で、こうなると思ってたんだよな。


 今まで嘘をつくことで何度も修羅場をくぐり抜けてきた坂本だったが、今度ばかりは相手が悪く、自慢の冷凍バナナもずっとしぼんだままだった。





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