第28話 大物気取り
「おい、木戸。さっさと製品を運べよ。ハンドリフトが使えないだろ」
「レオさんは、もう一つの方を使ってくださいよ」
「それは別で使ってるから、今は使えないんだよ」
「じゃあ、もう少し待っててください」
「お前がとろいせいで、こっちまで追われることになったらどうするんだ。この、でくの坊が!」
「でくの坊はそっちでしょ!」
レオと木戸の醜い言い争いを聞きつけた井上が、透かさず止めに入った。
「あなたたち、ケンカしてる暇があったら、さっさと製品を冷凍庫に運びなさい!」
「そうしたいのは山々ですけど、こいつがとろいせいで、ハンドリフトが使えないんですよ」
「俺は普通に作業してるのに、レオさんが横からやいのやいの言ってくるから、落ち着いて作業できないんです」
「俺は、お前がとろいから急かしてるんだよ!」
「レオ! 人それぞれ能力が違うんだから、そんなこと言ってはいけません!」
「こいつはやろうと思えばできるのに、手を抜いてるから腹が立つんですよ」
「木戸君はそんなことしてないわ。手を抜いてるのは、むしろあんたの方でしょ」
「はあ? 私がいつ手を抜いたというんでうか?」
「あんたは木戸君を手伝おうと思えば手伝えたのに、そうしなかったでしょ? それを手抜きっていうのよ」
「なんで私がこいつの手伝いをしないといけないんですか? さっきも言いましたが、こいつはやろうと思えばできるのに、そうしないだけなんですよ」
「俺は一生懸命やってます。なのに、そんなこと言われたら心外です」
「ほら、木戸君もこう言ってるじゃない」
「井上さんは、こいつに甘過ぎます。だから付け上がって、仕事中に関係のない所をフラフラしたりするんですよ」
「あれは、他の作業者たちがちゃんと作業してるか、確認してるんですよ」
「それは管理者である井上さんの仕事だから、お前がやる必要はないんだよ! ねえ、井上さん?」
「いえ。私一人だと、全体を見るのは難しいから、そうしてくれると助かるわ」
「はあ? そんなこと言ったら、益々こいつが付け上がるじゃないですか! 前から思ってたんですけど、井上さんはこいつのことを
「私だって人間だから、贔屓の一つや二つはするわよ」
「それ、人の上に立つ立場の人が言ってはいけないんじゃないですか?」
「本来はそうだけど、私の場合隠してても、態度とか行動に出ちゃうしね」
「それ、管理者としては失格だと思うんですけど」
「私だって、別にやりたくてやってるわけじゃないから。いっそのこと、管理者を降りて平になった方が、どれだけ楽か分からないわ」
「井上さん以外に、この職場を仕切れる人なんていないんだから、そんなこと言わずにこれからも管理者であり続けてください」
すがるような目で訴える木戸に、井上は「木戸君がそう言うのなら、もう少し続けようかな」と、微笑みながら言った。
「井上さん、こいつの言葉に騙されてはいけません。こいつは井上さんが管理者を降りたら、今までのように好き勝手できなくなることを恐れてるだけなんですから」
「木戸君はそんな子じゃないわ。というか、好き勝手やってるのは、むしろあんたの方でしょ」
「私がいつ好き勝手したと言うんですか?」
「作業中に私の目を盗んで、いろんな女性に話し掛けてるでしょ?」
「えっ! 井上さん、気付いてたんですか?」
「当然よ。もしかして、バレてないとでも思ってたの?」
「……はい。でも、さすがですね。やはり、見ていないようでも、ちゃんと見てるんですね」
「まあ、それが管理者の役目だからね。ところで、レオ。その中から、あんたの誘いに乗って来た人はいるの?」
「残念ながら、一人もいません」
「じゃあ、去年とまったく一緒じゃない。ほんとあんたは進歩のない男ね」
「進歩はないですけど、チ〇ポならありますよ。太~いのがね。ぎゃははっ!」
「井上さん相手に、下ネタはやめてください!」
木戸が溜らずそう言うと、レオは「うるさい! 井上さんをヨイショするのも大概にしろ!」と、一喝した。
「俺はヨイショなんてしてません。ただ自分の思ったことを言っただけです」
「いや。お前は井上さんに嫌われたら今までのように大物気取りできなくなるから、そうやって気を遣ってる振りしてるんだろ? そんなのはもうとっくにバレてるんだよ」
「何度も言うようだけど、木戸君はそんな子じゃないわ。大物気取りしてるのは、あんたの方でしょ」
「私がいつ大物気取りしたというんですか?」
「あんた、アンニカに『俺はこの職場で一番仕事のできる人間だから、分からないことがあったらなんでも訊くといいよ』って言ったそうじゃない」
「えっ! ……それ、誰に聞いたんですか?」
「アンニカ本人よ。パレット積みしかまともにできないあんたが、よくそんなこと言えたわね。ある意味、感心するわ」
「…………」
井上に痛い所を突かれたレオは返す言葉が見つからず、黙ったまま床のシミをじっと見つめていた。
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