第27話 付き合う覚悟
「ねえ、麗華。協田さんと付き合ってて楽しい?」
出勤途中のバスの中で、森杏奈は日笠麗華に訊ねた。
「はい。彼、一見クールに見えるけど、私と二人きりの時は結構冗談とか言うんですよ」
「へえー。顔と頭が良くて、そのうえ面白いんじゃ、もう完璧ね」
「そうなんですよ。完璧過ぎて欠点がまったく見当たらないところが、逆に心配になるくらいなんです」
「ふーん。じゃあ今、幸せなんだ」
「はい。とっても」
「そんな時に、こんなこと言うのもなんだけど、女性陣には気を付けた方がいいわよ。あんたに嫌がらせしようと、手ぐすね引いて待ってるんだから」
「それは覚悟してます。ていうか、協田さんと付き合うためには、そのくらいのリスクは当たり前ですよね」
「私はそれが嫌で、結局協田さんのことはあきらめたんだけど、麗華がそれだけ覚悟してるのなら、もう私からは何も言うことはないわ」
「いざとなったら、彼が助けてくれるだろうし、いつでも来いという感じですよ」
「ほんと、麗華って見かけによらず、ハートが強いよね。私も見習いたいくらいだわ」
「安奈さんだって、そんなに可愛いのに、結構気が強いじゃないですか」
「それが、なかなか彼氏ができない原因でもあるんだけどね。あーあ。どこかに、いい男いないかな」
「じゃあ、木戸さんなんかどうですか? 彼、背も高いし、井上さんに気に入られてるから、結構ポイント高いと思いますけど」
「でも、木戸さんは、中村さんの車の中をのぞいてたんでしょ? 私、のぞき魔と付き合う趣味はないから」
「でも、あれは誤解だって、本人は言ってましたよ」
「それは自分のしたことをごまかそうとして、そう言ったのよ。それに彼、自分より年下や立場の弱い者をぞんざいに扱うらしいから、どっちにしてもお断りだわ」
「じゃあ、坂川さんはどうですか? 昼休みに坂本さんと漫才してるところも面白いし、いいと思いますけど」
「坂川さんは、藤原さんのことを追い掛け回してるんでしょ? 私、そんなストーカー男は興味ないから」
「じゃあ……」
「もういいわ。この職場には、協田さん以外はロクな男がいないってことはもう十分分かってるから、私は他で男を探すわ」
「他って?」
「今だと、マッチングアプリが一番じゃない?」
「それより、合コンとかの方がいいんじゃないですか? 安奈さんなら、きっとモテモテだろうし」
「私、合コンに来るような軽い男には興味ないのよ」
「じゃあ友達に、しっかりした男性を紹介してもらうとか?」
「紹介で付き合うと、別れる時が面倒でしょ? だから私、今まで紹介で付き合ったことは一度もないの」
「なるほど。じゃあ、やはりマッチングアプリが、安奈さんには適してるみたいですね」
「うん。そこで協田さん以上の男を見つけるから、応援しててね」
「応援はしますけど、協田さん以上の男性なんて、そう簡単には見つかりませんよ」
「こっちは冗談で言ってるんだから、そんな恐い顔しないでよ」
「すみません。じゃあ、安奈さんが素敵な男性と巡り合えるよう、私祈ってますね」
「私も、麗華が女性陣の嫌がらせに遭わないよう、祈ってるわ」
二人はその後、工場に着くまで、お互いの男性観の話に花を咲かせていた。
やがて工場に着き、麗華がロッカーで着替えてると、同じ部署で働いている三人の女性が彼女の周りを取り囲んだ。
「なんですか、あなたたち?」
「あんた、協田さんと付き合ってるからって、いい気になるんじゃないわよ」
「このまま、うまくいくと思ってたら、大間違いだからね」
「どうせ色仕掛けで迫ったんでしょ。このメス豚が」
「私は色仕掛けなんかせず、正々堂々と告白して、協田さんのハートを掴んだんです。そういう貧困な発想しかできないあなたたちの方こそ、メス豚なんじゃありませんか?」
「なんですって!」
「今のは聞き捨てならないわ!」
「今すぐ取り消しなさいよ!」
「いいえ、取り消しません。そのうえで、この出来事を後で協田さんに告白します。彼、こういうことを凄く嫌うから、あなたたち、もう今後一切、彼と口を利くことができなくなりますよ」
「えっ! それはまずいわ」
「頼むから、告げ口なんかしないでよ」
「もう、こんなこと二度としないからさ」
「そこまで言うのなら、今回は大目に見てあげます。でも、二度目はないですからね」
そう言うと、麗華は涼しい顔をしながら、ロッカーを出て行った。
残された三人は、そんな彼女を苦虫を嚙み潰したような顔で見ていた。
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