第25話 元サヤ
「協田さん、ちょっと話したいことがあるんですけど」
昼休みの休憩室で、岡伊代は真剣な表情をしながら、隣に座っている協田に切り出した。
「ん? 君がそんなこと言うなんて珍しいな。で、話したいことって何だ?」
「その前に、一つ訊いてもいいですか?」
「ああ」
「協田さんは、日笠さんのことどう思ってるんですか?」
「なんで、そんなこと訊くんだ?」
「彼女が近々、協田さんに告白するって噂を聞いたので」
「告白なら、もうされたよ」
「えっ! で、どう返事したんですか?」
「俺みたいなモテ過ぎる男と付き合うと後々苦労するから、やめた方がいいって言ったんだけど、そんなこと私は気にしませんの一点張りで、なかなか聞いてくれないんだ」
「そうなんですか。じゃあ、日笠さんと付き合うつもりはないんですね?」
「それが、そうとも言い切れなくてさ」
「どういうことですか?」
「俺、今までいろんな女性と付き合ってきたんだけど、彼女はその中にいないタイプでさ。最近なんか気になってるんだよ」
「それって、日笠さんに惹かれ始めてるってことですよ。自分の心に正直に生きるためにも、彼女と付き合った方がいいんじゃないですか?」
「やはり、君もそう思うか?」
「はい。日笠さんって、女の私から見ても凄く魅力的だし、協田さんとお似合いのカップルになると思います」
「なんで君が、彼女のことをそんなに推すんだ?」
「実は、これには深いわけがありまして……」
伊代は、そこに至った経緯を説明した。
「ということは、君は坂本さんと元サヤに収まるために、俺と日笠さんをくっつけようとしてるんだな」
「……はい」
「じゃあ、ここは一つ、君の願いを叶えてあげようかな」
「えっ、じゃあ……」
「ああ。日笠さんと付き合うことにするよ」
「ありがとうございます! これで敏行も、私の所に帰って来ると思います」
「坂本さんは浮気性なところがあるから、君も苦労するな」
「ええ。でも、好きな人のためにする苦労なら、どんなことでも耐えられます」
「君はとほど、坂本さんに惚れてるんだな」
「はい。それより、どうして協田さんがこんなに女性にモテるか、今日ようやく分かりました。協田さんって、外見や頭の良さに加えて、女性にとても優しいんですね」
「おいおい。君まで、俺に惚れたとか言い出すんじゃないだろうな?」
「そう言いたいところですけど、私は敏行一筋なので、それはありません。じゃあ、私はこれで」
そう言うと、伊代はスッキリした表情で休憩室を出て行った。
後日、坂本に呼び出された伊代は、急いで彼のマンションへ向かった。
「敏行、用って何?」
「昨日、日笠さんに告白して、物の見事に振られたよ。彼女、協田さんと付き合うことになったんだってさ」
「だから言ったじゃない。敏行が協田さんに敵うわけないって」
「でも、俺としては、どうも解せないんだよな」
「なにが?」
「いや、なんで協田さんが、彼女の告白を受け入れたのかなと思ってさ」
「それは、協田さんも日笠さんのことが好きだからじゃないの?」
「でも、あの人、前に『もう女性と付き合うのは懲り懲りなんだ』って、言ってたんだよ。なんでも、前に女性絡みの問題をいろいろ起こしてるらしくてさ」
「そう。でも、そういうことを忘れちゃうくらい、日笠さんに魅力を感じたのかもよ」
「そうかな? どうも俺は、誰かが後押ししたとしか思えないんだよな」
「誰がそんなことするの?」
「それは分からないけど、もし、あの二人が付き合ったら、日笠さんはたちまち女性陣から総スカンを食らうわけだろ? あの女性に優しい協田さんが、彼女をそんな目に遭わせることするかなと思ってさ」
「協田さんのことだから、きっと何か考えがあるはずよ」
「お前、今日はやけに協田さんの肩を持つじゃないか。前は、あんな女性たらしは私の好みじゃないって言ってたくせに」
「この前、協田さんと話して印象が変わったのよ」
「協田さんと何を話したんだ?」
「別になんでもいいでしょ」
「まさか、お前が協田さんに入れ知恵したんじゃないだろうな?」
「そのまさかよ。私が協田さんに、日笠さんと付き合った方がいいって言ったのよ」
「なんでそんなことした?」
「そんなの、訊かなくても分かるでしょ」
「俺が日笠さんに振られたら、お前の所に戻って来ると約束したからか?」
「そうよ。経緯はどうあれ、敏行が日笠さんに振られたのは事実なんだから、私の所に戻って来てくれるんでしょ?」
「まあ納得いかないところもあるけど、約束は約束だからな。じゃあ元サヤ記念に、とりあえず晩飯でも作ってくれよ」
「うん。そう思って敏行の好きなハンバーグの材料買ってきたから、今から作るね」
「それは楽しみだな。じゃあ、デザートは俺が用意するよ」
「何を用意するの?」
「冷凍バナナに決まってるだろ。カチカチに固まった冷凍バナナを後でたっぷり食べさせてやるから、楽しみにしてろよ。はははっ!」
「…………」
自分が言った低俗な下ネタで馬鹿笑いしている坂本に、伊代は呆れて何も言えず、元サヤに収まったことを少しだけ後悔していた。
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