第24話 似た者同士

「なあ、ブック。あれから日笠さんと、何か進展はあったのか?」


 昼休みの休憩室で、坂川は相方の坂本に訊ねた。


「いや。それが全然ないんだ。話し掛けようにも、なんかきっかけがないと話せないしな」


「きっかけならあるじゃないか。『この前の漫才の感想を聞かせてくれ』って言えばいいんだよ」


「なるほど! お前、なかなか冴えてるじゃないか」


「これって、冴えてることになるのか? まあ、それはいいとして、早く訊いた方がいいぞ。善は急げって言うしな」


「ああ、分かった。じゃあ早速、明日訊いてみるよ」




 翌朝、坂本は作業室に入るやいなや、配置板の前にいた麗華に声を掛けた。


「日笠さん、この前の漫才の感想を聞きたいんだけど、いいかな?」


「はい。あの漫才、すごく面白かったです。でも……」


「でも?」


「あの漫才を観てから、坂本さんのことが気になってるのは事実です。でも、私は協田さんのことも気になってて……」


「そんなことは、もうとっくに知ってるよ。で、協田さんに、そのことはもう伝えたの?」


「はい。勢いこんで告白したのはいいものの、その後どうすればいいか迷ってて……」


「正直、協田さんは凄くモテるから、たとえ付き合ったとしても、その後かなり苦労するんじゃないかな。そんな思いをするくらいなら、俺にしといたほうがいいと思うけどな」


「でも、坂本さんは今、岡さんと付き合ってるんですよね? なのに、なんで私を口説いてるんですか?」


「……いや。伊代とはもう、うまくいってないから、そろそろ別れようと思ってるんだ」


「でも、まだ正式に別れてないんですよね? 私を口説くのなら、そういうのをきちんとするのが礼儀なんじゃないですか?」


「確かに君の言う通りだ。じゃあ、伊代と別れたら、俺の話を真剣に聞いてくれるかい?」


「はい。その時は、ちゃんと聞きます」


 麗華の真剣な顔を見て、坂本は伊代と別れる決心を固めた。





 三日後、カフェに伊代を呼び出した坂本は、「悪いけど、俺と別れてくれないか」と、唐突に別れを告げた。


「なんか急に呼び出されて嫌な予感はしてたけど、どうやらそれは当たってたみたいね。で、理由は何?」


「思ったより冷静で拍子抜けしたよ。もっと取り乱すかと思ってたからさ」


「さっきも言ったけど、呼び出された時点で、ある程度覚悟してたからね。そんなことはいいから、早く理由を教えてよ」


「ありきたりだけど、好きな人ができてさ。今はもう、その人のことしか考えられないんだ」


「それって、日笠さんのことだよね? 敏行が彼女のこと狙ってるのは、もう有名な話だもんね」


「そこまで知ってるのなら、もう俺からは何も言うことはない。このまま俺と別れてくれ」


「もし、日笠さんに振られたら、また私のところに戻って来てくれる? それが約束できるのなら、別れてもいいわよ」


「それ、俺にとっては、すごく都合のいい条件だけど、伊代はそれでいいのか?」


「うん。だって、敏行が振られるのは確実だもん」


「なんで、そう言い切れるんだ?」


「だって、日笠さんは、協田さんのことが好きなんでしょ? あの協田さん相手に、敏行が勝てるはずないもの」


「そうとは限らないぞ。俺には、協田さんには無い面白さという武器があるからな」


「敏行が協田さんに勝ってるところは、そこだけでしょ? 他の部分は圧倒的に負けてるから」


「圧倒的は余計だ。じゃあ俺は近いうちに日笠さんに告白するから、もしうまくいったとしても、後であれこれ言うなよ」


「もちろんよ。敏行こそ、また私のところに戻って来るという約束、忘れないでよね」


「ああ、分かった」


 二人はお互い言いたいことをぶつけた後、スッキリとした表情で店を出て行った。





一週間後、麗華をカフェに呼び出した坂本は、満を持して彼女に告白した。


「約束通り、伊代とは別れた。だから俺と付き合ってくれないかな?」


「前も言いましたけど、私、協田さんのことが好きなんです。なので、今は坂本さんの告白を受け入れることはできません」


「じゃあ、いつならいいんだい?」


「私が協田さんに振られてからでもいいですか?」


「ん? なんかそれと似たような言葉を、どこかで聞いたような……」


「似たような言葉?」


「いや、なんでもない。じゃあ、もし君が協田さんに振られたら、俺と付き合ってくれるのか?」


「はい。好きな人に振られたからって、すぐに他の人と付き合うような尻軽女ですけど、それでも構わないですか?」


「俺はそんなの全然気にしないよ。というか、俺自身がそんな男だしな」


「どういうことですか?」


「俺も、もし君に振られた場合は、伊代とまた付き合うことになってるんだ」


「そうなんですか。じゃあ私たち状況は少し違うけど、似た者同士ってことですね」


「そうかもな。考え方が似てるから、付き合えばきっとうまくいくと思うよ」


「じゃあ近いうちに、協田さんに私のことをどう思ってるか訊くので、それまで待っててください」


「ああ。とりあえず、君が協田さんとうまくいくことを応援してるよ」


 言葉とは裏腹に、坂本は麗華が協田に振られることを心の中で祈っていた。






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