第21話 新コンビ名決定!

 日曜日の夕方、坂川健三と坂本敏行の坂坂コンビは、明日披露する漫才に向けて、公園でネタ合わせをしていた。


「たったの三週間しか空いてないのに、こうしてネタ合わせしてると、なんかすごく懐かしい感じがするよな」


「ああ。漫才はもう二度とやらないと思ってたから、なんか不思議な感覚だな」


「ところで、このネタはいつ思い付いたんだ?」


「実はリバーとコンビを組む前から、このネタに関する大体の構想はずっと頭の中にあって、いつかそれを披露したいと思ってたんだ」


「へえー。ブックって、昔からそういうことを考えるのが好きだったんだな」


「いや。たまたま思い付いただけで、別に好きというわけではないよ」


「まあ、どっちにしても、このネタは面白いと思うよ。明日の漫才はみんな大爆笑間違いなしだな」


「そうなればいいけどな」


「そしたら、日笠さんも、ブックのこと見直してくれるかもな」


「そうなれば、願ったり叶ったりなんだけどな」


「僕も藤原さんを楽しませないといけないから、今日は納得いくまでとことんネタ合わせしようぜ」


「ああ」


 二人のネタ合わせはその後、深夜まで続いた。






 翌日の昼休み、坂坂コンビの二人は、漫才を披露するのが久しぶりなためか、いつになく落ち着かない表情をしていた。


「おい、前より観客が多くないか? 俺、なんか緊張してきたよ」


「それは僕も同じさ。でも、こうして僕たちの漫才を待ってた人たちのためにも、そんなこと言ってる場合じゃないよ」


 観客の中には、麗華や久美のほかに、レオ、協田、杏奈、木戸等、二人と同じ部署のメンバーが勢揃いしていた。


「もし今日の漫才がウケなかったら、日笠さんが俺に振り向くことは永遠にないんだな」


「今から漫才を始めようって時に、そんな弱気でどうするんだよ。心配しなくても、このネタがスベるなんてことは有り得ないから、もっと自信持てよ」


「そうだな。ネタを考えた本人が面白いと思わなくて、誰が面白がるっていうんだよな」


「その意気だよ。じゃあ、そろそろ行くか」


「ああ」


 二人はさっきとは別人のような柔和な表情で、大勢の観客が待つ休憩室に颯爽と入っていった。


「どーもー、『ダブルスロープ』の坂川でーす」


「同じく、『ダブルスロープ』の坂本でーす」


「今、自己紹介した通り、僕たちは二人とも苗字に坂が付いてます。なので、それを英語にして、二人合わせて『ダブルスロープ』でーす」


「おいおい。今更そんな説明しなくても、そんなのみんな知ってるよ」


「なんで、そう言い切れる? お客さんの中には、今日初めて僕たちの漫才を見てる人がいるかもしれないじゃないか」


「たとえそうでも、このコンビ名が、俺たちの苗字から取ったものだということは、大体想像できるだろ」


「そうとは限らないぞ。お客さんの中には、坂を英語読みできない人がいるかもしれないからな」


「それ、お客さんをナメ過ぎだから! いくらなんでも、そんな人はいないよ」


「いや。あそこにいる妖怪みたいな顔した女なんか、絶対わかってないよ」


 坂川の指差した方向には、妖怪女こと山本葉子の姿があった。


「それ、普通に失礼だから! もう、コンビ名のことはいいから、違うネタに移ろうぜ」


「いや。今日の漫才はコンビ名のネタだけでいこうと思ってさ」


「なんで?」


「まあ、ただの思い付きかな」


「ふざけるな! そんなんで、大事な漫才を台無しにされてたまるか!」


「なんで、そんなにムキになるんだよ。ははーん。さては女絡みだな」


「なんで分かったんだ?」


「お前がムキになるのは、女絡みのことくらいだからな。大方、今日の漫才をその人が観てるから、いいところを見せたいんだろ?」


「そこまで分かってるのなら、コンビ名のネタじゃなくて、他のにしようぜ」


「いや。お前ばかりにいい思いはさせない。みなさん、聞いてください。実は僕たち、『ダブルスロープ』のほかに、コンビ名の候補が二つあったんです」


「おいおい。確かに、そんなのもあったけど、今更それを掘り返してどうするんだよ」


「まあ、まあ。掘ってみたら、意外と面白いかもしれないだろ? じゃあ、今からその二つを紹介しますね。一つは、漢字の坂をそのまま二つ並べた『坂坂コンビ』。そして、もう一つは、坂本の本の部分と坂川の川の部分を英語にした『ブック&リバー』です」


 坂川が言い終わるやいなや、観客はまるで水を打ったように静まり返った。


「ほら、言わんこっちゃない! だから俺はやめとけって言ったんだ!」


「まあ、まあ。ここまでは予想の範囲内だから、そんなに怒るなよ。最後にとっておきのネタが残ってるからさ」


「とっておき?」


「ああ。お前には言ってなかったけど、実は僕だけが考えたコンビ名があるんだ」


「なんだよ、そのコンビ名って?」


「ずばり、『ベストフレンズ』さ」


「はあ? 別に訊きたくないけど、お客さんのためにも敢えて訊いてやるよ。その由来はなんだ?」


「お前とコンビ組んで漫才を始めてから、僕はいつしかお前のことを漫才の相方としてではなく、本当の親友だと思うようになったんだ」


「気色悪っ! お前、よくそんな恥ずかしいこと、人前で言えるな」


「逆に人前だから言えるんだよ。お前と二人きりの時だと、とてもじゃないけど、こんなこと言えないからな」


「で、お前は、その『ベストフレンズ』をコンビ名にしたいのか?」


「できればそうしたいけど、一度決まったものを簡単に変えるのは、あまり良くないしな。で、一つ提案があるんだけど、どっちのコンビ名がいいか、お客さんに聞いてみるのはどうかな?」


「なんか悪い予感しかしないけど、お前がそうしたいんなら、やってみろよ」


「じゃあ、お客さん。今からコンビ名を二つ言うので、良いと思った方に拍手してください。じゃあまずは、『ダブルスロープ』がいいと思う人」


『パチパチ』


『ダブルスロープ』を推すものは、わずか二名しかいなかった。


「もう訊く前に勝負はついてる気がしますが、一応訊きます。じゃあ『ベストフレンズ』がいいと思う人!」


『パチパチパチ!!!』


 ノリノリで訊く坂川に応えるように、観客は万雷の拍手で『ベストフレンズ』を支持した。


「お客さん、ありがとうございます。これで僕たちは、今後『ベストフレンズ』として活動していきます」


「「どうも失礼しました~」」


 二人はスッキリとした顔で、休憩室を出て行った。

 観客もほぼ全員満足そうな顔を浮かべる中、坂川に容姿をいじられた山本葉子だけは、醜い顔を一層醜くして、去っていく坂川を睨み付けていた。  


 


  


 

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