第20話 再びコンビ結成?
「なあ、ブック。僕たち、またコンビ組まないか?」
昼休みの休憩室で、坂川は神妙な顔をしながら、元相方の坂本に切り出した。
「この前あれだけ派手に言い合っておいて、今更コンビなんて組めるわけないだろ」
「こっちは、それを承知で言ってるんだ。頼むから、もう一度コンビを組んでくれよ」
「なんでそんなに必死になるんだ?」
「もう一度ブックとコンビを組んで漫才を披露しないと、僕はストーカーのレッテルを貼ったまま、この工場で働かなくちゃいけなくなるんだよ」
「なんでそうなるのか、よく分からないんだけど」
「詳しい事情なんて知らなくていいから、とにかくもう一度コンビを組んでくれよ」
「断る。お前、人のことを『浮気バナナ』なんて言っておきながら、よくそんなこと頼めるよな」
「それは、ブックが先に僕のことを『ストーカー』って言ったからだろ。言うならば、売り言葉に買い言葉だよ」
「俺はただ事実を言っただけだろ」
「だから、僕はストーカーじゃないって、言ってるだろ! 何度言えば分かるんだ!」
「じゃあ訊くが、藤原さんは、お前のことをどう思ってるんだ?」
「はあ? そんなこと、僕は知らないよ」
「とぼけるなよ。彼女がお前のことを気持ち悪がってるのは、こっちは先刻承知してるんだよ」
「でも、藤原さんは、ある条件を満たせば、このまま隣の席に座っていいと言ってくれたんだ」
「なんだ、そのある条件っていうのは?」
「お前とコンビ組んで、漫才を披露することだよ。この前、本人が言ってたんだけど、彼女、僕たちの漫才のファンなんだよ」
「ふーん。で、お前はこのまま藤原さんの隣の席に座り続けたいから、俺ともう一度コンビを組もうとしてるってわけだな」
「まあ、そういうことだ。どうだ、引き受けてくれるか?」
「引き受けてもいいが、一つだけ条件がある」
「なんだ、その条件っていうのは?」
「俺たちの漫才を見るよう、お前が日笠さんに頼むことだ。無論、俺が言ったということは内緒にしてな」
「はあ? そんなの、本人が見たくないって言ったら、どうしようもないじゃないか」
「それをなんとかするのが、お前の役目だ。もしこの条件が呑めないのなら、お前とコンビを組むのはやめだ」
「分かったよ。うまくいくかどうか分からないけど、とりあえず日笠さんにお願いしてみるよ」
「頼んだぞ。これには俺とお前の運命が懸かってるんだからな」
翌日の昼休み、工場裏に呼び出しをかけていた坂川の許に、日笠麗華が遅れて現れた。
「急に呼び出して悪かったね」
「いえ。それより、話ってなんですか?」
警戒心丸出しで訊く麗華に、坂川は「そんなに構えなくていいよ。別に告白しようなんて思ってないから」と、笑いながら言った。
麗華は幾分ホッとした表情を浮かべながら、「じゃあ、なんですか?」と訊くと、坂川は「僕と坂本が時々漫才を披露してるのは知ってるよね? 今度それを見てほしくてさ」と、坂本に頼まれたことを忠実に実行した。
「漫才は一度だけ見ました。でも、坂本さんのエセ関西弁が気になって、内容があまり入ってこなかったんですよね」
「そうなんだ。じゃあ、次のネタは標準語でやるように言ってみるから、見に来てくれないかな?」
「なんで、私にそんなこと頼むんですか?」
「これは本人から内緒にしてくれって頼まれたんだけど、実は坂本がどうしても君に見てほしいって言ってるんだ」
「やっぱり。どうせ、そんなことだろうと思ってました」
「まあ、そういうことだ」
「なんで坂本さん本人が、私に直接言って来ないんですか?」
「それは坂本が君に嫌われてると思ってるからだよ」
「私は別に嫌ってなんかいません。ただ、私には好きな人がいるので」
「協田さんだろ? 坂本はいつも、『俺が協田さんに勝ってるのは、面白いところだけだな』って言ってるよ。そんなあいつの雄姿を、ぜひ見てやってくれないか?」
頭を下げて頼む坂川に、麗華は「分かりました。じゃあ今度、見に行かせてもらいます」と根負けしたように言った。
「ありがとう。坂本もきっと喜ぶよ」
「坂川さんの相方を想う気持ちがすごく伝わりました。相方にこんな風に思われて、坂本さんは幸せですね」
「そこまで言われると、なんか照れるな」
坂川は顔を赤らめながら言った。
麗華が見に行くことで、結果的に自分がストーカー扱いを受けなくなることは、無論彼は言わずにおいた。
やがて終業時刻になると、坂川は帰りのバスの中で、そのことを坂本にラインで報告した。
『でかした! これで特上のネタを披露すれば、俺の株も一気に上がるってもんだ』
『特上?』
『ああ。こういう時のために、とっておきのネタを用意してたんだよ。じゃあ、週末にネタ合わせして、来週の月曜日に披露しようぜ』
『ああ、分かった』
──ブックのやつ、いつの間に、そんなネタ作ってたんだ? もし、コンビ別れしたままだったら、披露する機会も無かったっていうのに。
坂川は疑問に思いながらも、再び坂本と漫才ができる喜びに心を躍らせていた。
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