第19話 家族サービスも楽じゃない

「ねえ、たまにはどこかに連れてってよ」


 休日の朝、妻の由美にせがまれたレオは、思わず「じゃあ、亜里沙が行きたいっていったらいいよ」と言ってしまった。


「ほんと! じゃあ今から、亜里沙に訊いてくるね」


 由美は鼻歌を歌いながら、娘の亜里沙の部屋までスキップして行った。


──ああ、不意に聞かれて思わず口走ってしまったけど、出掛けるのは面倒くさいな。


 後悔するレオの前に、満面な笑顔の由美が亜里沙を連れて戻って来た。


「亜里沙も行きたいって言ってるよ」

「パパ、どこに連れて行ってくれるの?」


「亜里沙はどこに行きたいんだい?」


「うーん。山や海もいいけど、遊園地や水族館も捨てがたいし……いっぱいありすぎて、一つに絞り切れないよ」


「じゃあ、亜里沙は動物が好きだから、動物園にすればいいんじゃない?」


 迷う亜里沙に、由美がそう提案すると、彼女は「うーん」と腕を組みながら、熟考モードに入った。


──動物園は歩き回らないといけないから、さすがに疲れるな。亜里沙、頼む。動物園だけは選ばないでくれ。


 レオの願いもむなしく、亜里沙は「じゃあ動物園にする!」と元気よく答えた。

 

──マジかよ。これで明日は筋肉痛になるのは間違いないな。


 レオは内心毒づきながらも、無論それはおくびにも出さず、「よし! じゃあ、早速出発するか!」と、努めて明るく振る舞った。





 やがて動物園に着くと、レオたちはまず猿山を見に行った。


「わあ! お猿さんがいっぱいいる!」


 はしゃぐ亜里沙をよそに、レオの目は近くで見学している大学生風の女性グループに釘付けとなっていた。


「あなた、さっきからどこ見てるの?」


 由美が溜らずそう訊くと、レオは「もちろん猿だよ。それ以外に何があるというんだ。はははっ!」と、まるで何事もなかったかのように答えた。


「じゃあ、あの中で、どれがボス猿か分かる?」


「えっ! 急にそんなこと訊かれても、分からないよ」


「猿たちをずっと見てたんでしょ? そしたら分かるはずよ」


 詰め寄る由美に、レオは思わず「ごめん! 本当はあの子たちを見てた」と、女性グループを指差しながら答えた。


「あなた、今日は亜里沙がいるってこと忘れないでね」


 険しい顔をしながら釘を刺す由美に、レオは「ああ、分かったよ。じゃあ次は、ウサギでも見に行くか」と、まるで逃げるようにさっさとその場を離れ、一人で歩き出した。

 残された二人は「「ちょっと待ってよ!」と叫びながら、走ってレオを追いかけた。


 やがて三人がウサギのいるスペースに着くと、真っ白な体をした二匹のウサギが、ドーム型のベッドの上で体を寄り添うようにして寝ていた。 


「わあ! かわいい!」

「あの二匹、夫婦なのかしら?」

「そうとは限らないんじゃないか? あそこにもう一匹いるから」


 レオが指差した方向には、オレンジ色のウサギがまるで獲物でも狙うかのような目で、ウサギたちを見ていた。

 レオたちがしばらくその様子を観察していると、それまでじっとしていたウサギが

突然ウサギたちを目掛けて突進して行った。


「あっ、ぶつかる!」


 亜里沙がそう発した瞬間、オレンジ色のウサギが、まるで真っ白なウサギの仲を引き裂くように、強引に二匹の間に割って入った。 

 驚いたウサギたちは、二匹とも逃げるのかと思いきや、逃げたのは一匹だけで、もう一匹はその場に留まった。


「どういうこと?」


 そう言って首を傾げる亜里沙に、レオは「恐らく逃げたのは愛人で、突進していったオレンジ色のウサギは、嫉妬に狂った夫なんだよ」と、冷静な口調で説明した。

 そんなレオを、由美は「あなた、子供に変なこと教えないでよ!」と注意したが、当の本人は「遅かれ早かれ知ることになるんだから、別にいいだろ」と、涼しい顔で返した。




 三人はその後、ゾウやライオン、カバ、キリン等を次々と見学し、最後にミーアキャットのいるスペースへ向かった。

 すると、そこには大勢の見学者がいて、レオが猿山で見た女性グループもいた。


「わあ! 目がクリっとして、かわいい!」

「動きも挙動不審で面白ーい!」

「観てるだけで癒されるー!」


 はしゃぐ女性グループを、レオが興味津々な目で見ていると、「あなた、亜里沙がいるってこと忘れないでね」と、由美がすかさず釘を刺した。


「歩き疲れて、もうそんな元気ないよ」


「そんなって、どういう意味?」


「いや、今のは言葉の綾というか……」


 詰め寄る由美にレオが言い淀んでいると、ミーアキャットを見学していた一人の中年男性が突然「ハクション!」と、大きなくしゃみをした。

 すると、それまで仲良くじゃれ合っていたミーアキャットたちが、あたふたしながら、すぐさま四方に飛び散っていった。


「あははっ! あの子たち、みんなびっくりしてるー」

「敵がやって来たと思ったのかな?」

「逃げる姿もかわいい」


 そんなミーアキャットたちの姿に、観客は皆、温かい目を向けていた。

 レオは思わぬ形で由美の追及を凌ぐことができホッとしていると、突然亜里沙が「ねえ、パパ。ママ以外の女の人をエッチな目で見ちゃいけないんだよ」と、痛烈な言葉を放った。


「…………」


 亜里沙のまさかの発言に、レオはまるで彼女から目を背けるように、ミーアキャットたちをじっと見つめていた。



 


 

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