第18話 相談する時は人を選ぼう

「レオ、さっきの替え歌、面白かったよ」


 ほとんどの者がレオに冷めた目を向ける中、妖怪女こと山本葉子だけは彼を擁護する言葉を吐いた。


「ひいっ! 化け物!」


「そのくだり、もういいっつーの。それより、このイカの刺身食べてみてよ。美味しいから」


「悪いけど、私、刺身は食べられないんです」


「なんで?」


「神経が繊細なので、生ものは体が受け付けないんです」


「そんな頑丈な体してるのに?」


「外と中は全然違うんです。逆に、葉子さんは平気なんですか?」


「もちろん。生ものだろうがゲテモノだろうが、食べ物ならなんでも美味しくいただくわ」


「ゲテモノって、葉子さんが食べたら共食いになるじゃないですか」


「って、誰がゲテモノよ! 私はれっきとした人間だっつーの!」


「それ、威張って言うことじゃないですけどね。まあ、それはいいとして、葉子さん今日はなんで来たんですか?」


「なんでって、私が飲み会に来たらいけないの?」


「いけなくはないけど、葉子さんって私以外に話し相手がいないでしょ?」


「人のこと言えるの? あんただって、向こうのテーブルで誰にも相手にされなかったから、こっちに移って来たんでしょ?」


「私のことはどうでもいいんですよ! 私がここに来る前は、葉子さんは誰と話してたんですか?」


「岩本さんと菊本さんよ。二人とも用があるって、さっき帰ったから、あんたが来てくれてちょうどよかったわ。ちなみに、彼女たちの素顔って見たことある?」


「いえ」


「私が言うのもなんだけど、彼女たちの素顔ものものよ」


「そうなんですか。じゃあ、この職場には、幽霊が三人いるんですね」


「そうそう。私を筆頭に、お岩さんとお菊さん……って、誰が幽霊よ!」


「ぎゃははっ! ほんと、葉子さんって、ノリツッコミが上手ですね。また、みんなの前で漫才でもしますか?」


「漫才はもういいよ」


「やはり、漫才よりお化け屋敷の方がいいですか?」


「そうそう。あそこにいると、なんか落ち着くんだよね。って、私は幽霊じゃないって、何度言えば分かるの!」


 もはやパターン化しつつある二人のやりとりを近くで聞いていた大本照子が、「ちょっといいかな?」と、突然二人の間に割って入った。


「どうしたんですか、大本さん?」


「こんな所で言うのもなんだけど、実は二人にちょっと相談したいことがあって……」


「相談? 今まであまり話したことないのに、なんで私たちにするんですか?」

「そうよ。相談なら、もっと親しい人にすればいいじゃない」


「あなたたちなら、情報が漏れないと思ったから」


「どういうことですか?」


「……ちょっと言いにくいんだけど、あなたたちって、それぞれ孤立してるでしょ? だから、他の人にはバレないと思ったの」


「言いにくいと言ってる割には、ハッキリと言いましたね」

「確かにその通りよ。で、相談って何?」


「木戸君にしつこく言い寄られて困ってるの」


「はあ? 失礼ですけど、大本さんていくつですか?」


「38歳だけど」


「じゃあ、木戸と15歳も離れてるじゃないですか!」


「それがどうかしたの?」


「あいつ、この前まで同い年の中村さんを狙ってたんですよ。なのに、今度はずいぶん年上の人を狙ってるから」


「ずいぶんは余計じゃない? 私だって、年を取りたくて取ったわけじゃないのよ」


「大本さんの言う通りよ。前から思ってたけど、あんたはデリカシーに欠けてるところがあるから、これを機に直した方がいいよ」


 二人に責められ、レオは「私はブラジル生まれだから、仕方ないんですよ。向こうは、みんな大らかな人ばかりだから」と、苦し紛れによくわからない言い訳をした。


「デリカシーに欠けることと、大らかは全然違うから」


「どう違うんですか?」


「うまく説明できないけど、とにかく違うものは違うの」


「あのう、それはもうどうでもいいので、私の相談に対する二人の意見を聞きたいんだけど」


 二人の不毛なやり取りにイラッとした照子が、溜らず先を促した。


「結論から言うと、あいつの言うことなんて気にしなくていいですよ。どうせ、一時の気の迷いなんですから」


「気の迷い?」


「ええ。あいつ、中村さんに振られて、一時的におかしくなってるだけですから」


「なんで分かるの?」


「大きな括りで言うと、あいつと私が同じ種類の人間だからです。私たちのような人種は、女性に振られた寂しさを女性で賄おうとするんです。つまり、女性なら誰でもいいんです」


「なるほどね。要するに、あなたたちは、女性の敵ということね」


「えっ! なんでそうなるんですか?」


「そんなことも分からないの? ああ、こんな人たちに相談するんじゃなかった。ほんと、時間の無駄だったわ」


「それはちょっと早計じゃない? まだ、私の意見を聞いてないでしょ」


「この人と漫才コンビを組んでるくらいだから、どうせあなたも同じようなものでしょ?」


「ううん。私はレオと真逆で、木戸君の誘いに乗った方がいいと思う」


「えっ! なんで、そう思うの?」


「せっかく男に言い寄られてるのに、断ったらもったいないからよ」


「もったいない?」


「うん。私たち、もう若くないんだから、限られたチャンスを活かさなきゃ」


「あなたと私を一緒にしないでください。私には、この先チャンスはまだいっぱい残されてるんだから」


「じゃあ、私には残されてないっていうの?」


「当然でしょ。私が男だったら、あなたみたいな薄気味悪い女なんか願い下げだもん。じゃあね」


 そう言うと、照子は席を離れ、別のテーブルに移って行った。

 残された二人は、そんな彼女を苦虫を嚙み潰したような顔で見ていた。

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