第17話 飲み会で浮かれるレオ
日中の暑さもようやく和らいだ頃、レオたちの職場で飲み会が行われることになった。
──こんなチャンスは滅多にないから、今日はたくさんの女性に声を掛けるね。
去年同様、今年もほとんどの女性から敬遠されているレオは、ここぞとばかりに息巻いていた。
──協田さんの近くにいれば自然と女性が寄ってくるから、とりあえず彼の隣の席に座ろう。
そう思ったレオは、大広間の座敷の中で逸早く協田の隣の席を確保し、万全を期していた。
すると、レオの予想通り、瞬く間に女性たちが集まってきたが、彼女たちは協田と話をするのに夢中で、レオのことなどまるで眼中になかった。
「協田さん、今も小説や脚本を書いてるんですか?」
「今は小説より、脚本に軸足を置いてるかな。今の時代、紙の本はどんどん売れなくなってるからね」
「協田さんの書いた作品を、早くテレビや映画で観たいです」
「そうなるよう頑張ってはいるんだけど、こればかりは、そう簡単にはいかないんだよな」
「協田さんなら、いつか実現できますよ。私、信じてますから」
「ありがとう。一日も早くそうなるよう精一杯努力するから、これからもみんな応援してくれよな」
「「「はい」」」
──まあ、これは予想の範囲内だからいいとして、問題はここからどうするかなのだが……。
レオはしばらく考えた後、ある考えを導き出した。
「みなさーん。ちょっと注目してもらっていいですか?」
強引に割り込んできたレオに、女性たちが一斉に怪訝な目を向けると、彼は「今から、昔懐かしい10回クイズをやります」と、努めて明るく言った。
「10回クイズ?」
「なんで今更、そんなのやらないといけないわけ?」
「そんなにやりたければ、あんた一人でやってれば?」
「まあ、まあ。そんなこと言わずにやりましょうよ。やればきっと、盛り上がるのは間違いないですから」
「じゃあ仕方ないから、一回だけ付き合ってあげるわ」
「ほんとに一回だけだからね」
「分かったら、早く問題出しなさいよ」
「分かりました。じゃあ、いきますよ。みなさん、まずは『ピザ』と10回言ってください」
「「「ひじ」」」
「えっ! なんで答えが分かったんですか?」
「こんなの、誰でも知ってるわよ」
「この問題、10回クイズの基本中の基本だし」
「私たちをナメないでよ」
「分かりました。じゃあ次はもっと難しい問題出しますね」
「あんた、人の話聞いてないの?」
「さっき、一回だけって言ったでしょ?」
「この、ポンコツ野郎」
「そんなこと言わずに、もう一回だけやりましょうよ。今度は絶対引っ掛かりますから」
「絶対?」
「そんなに言うのなら、もう一回だけやってあげるわ」
「さあ、どっからでもかかってきなさいよ」
「じゃあ、いきますよ。みなさん、まずは『ケンタッキー』と10回言ってください」
「「「乾燥機」」」
「……正解です」
「それ、洗濯機と言わせようとしたんでしょ?」
「そんなものに、私たちが引っ掛かるとでも思ったの?」
「この、エロポンコツ野郎」
「みなさん、なかなか手強いですね。じゃあ、今度は違う種類のクイズを出します。まず一問目ですが……」
「悪いけど、あんたの時間は今ので終わりよ」
「後は、私たちと協田さんが話をしてるのを、黙って聞いてればいいのよ」
「今度ジャマしたら、マジで許さないから」
「…………」
女性たちに釘を刺され、居たたまれなくなったレオは、そっと席を離れてアンニカや松岡のいるテーブルへ移った。
「やあ、アンニカちゃん。楽しんでるかい?」
「はい。私、日本での飲み会は初めてなので、とても楽しいです」
「それはよかった。ところで、今、何を飲んでるの?」
「ソフトドリンクです」
「そういえば、アンニカちゃん、まだ未成年だったね。でも、少しくらいなら、酒を飲んでもいいんじゃないかな?」
「レオさん、ダメですよ。もし、そんなことをして、急性アルコール中毒にでもなったら、飲ませた僕たちの責任になるんですよ」
アンニカに酒を勧めるレオを見て、松岡がすぐさま止めに入った。
「そんな固いこと言わずに、一杯くらいならいいでしょ?」
「ダメだと言ったら、ダメです」
「いつもは優柔不断なのに、今日はやけに頑固じゃないですか。この機会に思い切ってキャラ変したらどうですか? 名前も、松岡頑固に変えて」
「そんなの、するわけないでしょ。それに、僕は自分の名前を気に入ってるので」
「そういえば、松岡さんの下の名前って、なんでしたっけ?」
「健次郎です」
「健次郎? ということは、松岡健次郎でマツケンじゃないですか! ぎゃははっ!」
「人の名前を笑わないでくださいよ!」
「ごめんなさい。実は私、マツケンサンバが大好きで、よくカラオケで歌ってるんですよ。もちろん、振り付きで」
「そういえば、レオさんて、ブラジル出身でしたね」
「はい。ブラジルといえばサンバですからね。ああ、こうして話してると、なんか歌いたくなってきました」
「ここはカラオケセットもあるみたいなので、歌ったらどうですか?」
「そうですね。じゃあ普通に歌っても面白くないので、歌詞を少し変えて歌います」
そう言うと、レオは店員にカラオケの用意をしてもらい、早速振り付きで歌い始めた。
「♪オーレ、オーレ、レオ・フェルナンデス。オーレ、オーレ、俺エロいんですー。ああ、恋せよ、アンニカ。俺とセニョリータ。未成年なんて忘れて飲み明かそう。サンバ、ビバ、サンバ。レオ・フェルナンデスー。俺!」
終始ノリノリで歌ったレオだったが、周りにいたほとんどの者は彼に冷めた目を向け、アンニカに至っては蔑んだような目で見ていた。
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