第15話 天然半笑い女

「吉田さん、もっと早く手を動かしてくださいよ!」

「吉田さん、さっきからずっと遅れてますよ!」

「吉田さん、フォローするこっちの身にもなってくださいよ!」


 作業室の一部分で従業員たちの怒号が飛び交っている。

 その中心には、動作がのろいと周りから悪い評判が立っている、派遣社員の吉田ひとみがいた。


「皆さん、すみません。私がとろいばかりに、こんなに迷惑かけてしまって」


「謝ってる暇があったら、もっとてきぱきと動いてください!」

「そもそも、なんでこんなに追われてるんですか!」

「マイペースにも程がありますよ!」


「これでも、私なりに一生懸命やってるのですが、いかんせん体がいうことを聞いてくれなくて……」


「この際だから言うけど、あなたこの仕事に向いてませんよ!」

「そうですよ! 一人でもできる仕事に変わった方がいいですよ!」

「是非、そうしてください!」


「そうしたいのは山々なんですけど、そういう仕事も私はできないんです。この前も……」


「ああっ! もう喋らなくていいから、早く手を動かしてください!」

「あなたのせいで、こっちはさっきからずっと追われてるんですからね!」

「ほんと、今日はついてない日だわ!」


 結局この三人は、マイペースなひとみのせいで、一日中大変な思いをするハメとなった。





 後日、エロポンコツのレオ、浮気バナナの坂本、でくの坊の木戸の三人が、ひとみの近くで作業することになった。

 反対の意味で派遣社員の3トップであるこの三人と、マイペースなひとみが一か所に集まるということで、何か良からぬことが起こるのは、作業前からある程度、予想できていた。

 そして、いざ作業が始まると、いつものように追われ始めたひとみに、レオが最初に嚙みついた。


「吉田さん、作業がとろいのはまだいいとして、半笑いで作業するのはやめてもらえませんか? 見ていてイライラするんですよ」


「すみません。みなさんの心が少しでも和めばと、ずっと笑顔を心掛けてたんですけど……」


「それ逆効果なので、今すぐやめてください」


 レオに責められ、落ち込んでいるひとみを、「吉田さん、レオさんの言うことなんか、気にしなくていいですよ」と、木戸が透かさずフォローした。


「余計な口をはさむなよ。この、でくの坊が」


「でくの坊はレオさんの方でしょ。この前、井上さんに、そう言われてたじゃないですか」


「お前、井上さんを味方につけて、いい気になってるようだけど、それでお前のやったことが消えると思うなよ。この、のぞき魔が」


「だから、あれは違うと言ってるでしょ! 何度言えば分かるんですか!」


「まあ、まあ。ここで言い合ってると、益々追われることになるぞ。とりあえず、ここは水に流して、作業に集中しようぜ」


 そう言って、二人を促す坂本に、レオは「とか言いながら、心の中ではエロいこと考えてるんでしょ? この、浮気バナナが」と、辛辣な言葉を放った。


「なんだと! なんでお前がそのことを知ってるんだ!」


「この前、藤原さんに聞いたんですよ。あなた、坂川さんとケンカした時に、彼にそう言われたんでしょ?」


「だからって、お前が使っていいことにはならないんだよ! このエロポンコツ野郎!」


「また、それですか? 悪いけど、その言葉はもう聞き飽きてるんですよ。もっと、他の言葉を使ったらどうですか?」


「じゃあ、お前は無類の女好きなくせに、肝心の女たちからは嫌われてるから、さしずめ、『究極の空回り野郎』だな。はははっ!」


「はははっ! それ、レオさんにピッタリですよ」


 坂本の言葉に、木戸がいち早く賛同した。


「あなたたち、私がそんな言葉を受け入れると思ったら、大間違いですよ」


「受け入れようが、受け入れまいが、俺は今日からお前のことを、『究極の空回り野郎』と呼ぶことにするよ」


「俺もそうします。ほらっ、喋ってないで、もっと早く手を動かしてくださいよ。『究極の空回り野郎』さん」


「浮気バナナとのぞき魔のくせに、私をそんな風に呼ぶんじゃない!」


「意味が分からないから、浮気バナナはやめろ!」


「人聞きが悪いから、のぞき魔はやめてください!」


 泥仕合の様相を呈してきた三人に、溜らずひとみが「みなさん、私のためにケンカするのはやめてください」と、半笑いの顔で止めに入った。

 すると……




「いやいや。確かに、きっかけを作ったのはあなたかもしれないけど、私たちは別に吉田さんのためにケンカしてるわけじゃありませんから」

「レオさんの言う通りです。ほんと、勘違いも甚だしいですね」

「ここまで天然だと、もう呆れるしかないな」


 ひとみのあまりのトンチンカンな発言を聞いて馬鹿らしくなったのか、三人は言い合いをやめ、その後、終業時刻まで真面目に作業に取り組んでいた。



 


 



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