第14話 コンビ解散?

「なあ、リバー。ちょっと話があるんだけど、いいか?」


 昼休みの休憩室で、坂本は険しい顔をしながら、相方の坂川に切り出した。


「なんだよ、ブック。そんな改まった顔して」


「突然で悪いけど、俺たちそろそろコンビを解散しないか?」


「えっ! いきなり、なんだよ」


「このまま漫才を続けてても、日笠さんは振り向いてくれそうにないし、そろそろ潮時かなと思ってさ」


「コンビを組んでから、まだ一ヶ月しか経ってないのに、解散なんていくらなんでも早過ぎるだろ」


「別に俺たちプロじゃないんだから、期間なんてどうでもいいじゃないか。それに、このコンビは元々、俺のわがままで結成されたものだから、解散する時も俺のわがままを通させてくれよ」


「確かに、ブックから強引に誘われた時は正直、驚いたよ。僕もブックも漫才なんてできるキャラじゃないからさ。でも、回数を重ねていくうちに、自分でもビックリするくらいうまくできるようになって、気が付いたら漫才が大好きになってたんだ」


「それは俺も同じだよ。最初は二人ともぎこちなかったのに、やっていくうちに、だんだんとうまくこなせるようになって、最近じゃ、俺たちの漫才を楽しみにしてる人が、かなり増えたもんな」


「そうだよ。だから、その人たちのためにも、もっと続けるべきだよ。日笠さんのことは、もうどうでもいいじゃないか」


「どうでもよくないよ。日笠さんに面白いと思ってもらわないと、漫才を続ける意味がないんだ」


「じゃあ、漫才を楽しみにしてる人たちのことは、どうでもいいのか? お前はそんなに冷たい奴だったのか?」


「お前? 今、俺のことを、お前って言ったのか?」


「だったら、どうだっていうんだよ」


「ストーカーのお前に、お前呼ばわりされる筋合いはない」


「ストーカーだと? お前、僕が一番気にしてること言いやがったな」


「ストーカーにストーカーと言って、何が悪いんだ?」


「僕がストーカーなら、お前は浮気性の冷凍バナナ、略して浮気バナナだよ!」


「なんだと! それ、意味がまったく分からないじゃないか!」


「意味なんかどうだっていいんだよ! とにかく、お前みたいな冷酷人間は、こっちから願い下げだ!」


 そう言って、逃げるように休憩室を後にした坂川を、坂本は憎しみのこもった目で睨みつけていた。

 周りにいた者たちは最初、二人がネタ合わせをしていたと思ったのか、別段気にしている様子はなかったが、二人が次第にヒートアップしていくうちに、ざわざわと騒がしくなり、最後はみんな面食らったような顔をしていた。 





 帰りのバスの中、いつものように藤原久美の隣に座った坂川は、彼女に今日あった出来事をすべてぶちまけた。


「ふーん。じゃあ、もう二人の漫才を見ることはできないのね」


「まあ、そういうことになるかな」


「私、結構楽しみにしてたのに、なんか残念だわ」


「えっ! 今までそんな素振りまったく見せなかったのに、なんで今更そんなこと言うんだよ」


「今まで当たり前のようにあったものが、突然なくなってさみしくなることってあるでしょ? なんか、それに似た感覚なんだよね」


「まさか君が、そんな風に思ってたなんてな。もう少し早く知っていれば、解散せずに済んだかもしれないのに……」


「今ならまだ間に合うんじゃない? 坂本さんに謝って、許してもらいなよ」


「解散を言い出したのは坂本なのに、なんで僕が謝らないといけないんだよ」


「それはそうだけど、浮気バナナはさすがに言い過ぎでしょ?」


「それは、向こうが先に僕のことをストーカーって言ったから、つい言い返しただけで、悪いのは坂本の方だよ」


「坂本さんは、ただ事実を言っただけでしょ?」


「おいおい、君まで変なこと言わないでくれよ」


「じゃあ、なんでいつも私の隣に座ってくるの?」


「それは、君の隣だと、なんか落ち着くからだよ」


「私は全然落ち着かないんだけど」


「……そうか。じゃあ明日から、他の席に座るよ」


「でも、条件次第では、これからも隣に座っていいわよ」


「えっ! なに、その条件って?」


「もう一度、坂本さんとコンビ組んで漫才を披露すること。どう? 割と簡単な条件でしょ?」


「うーん。昼間あれだけ派手にやり合ったからなあ。もう一度コンビを組むのは難しいかもしれないな」


「じゃあ、どうするの? このまま、黙って違う席に座るの?」


「……分かったよ。坂本が承知してくれるかどうか分からないけど、明日とりあえず交渉してみるよ」


「頼んだわよ。これはあんたが再び輝きを取り戻すか、ただのストーカーで終わるかの瀬戸際なんだから」


「…………」


 久美にプレッシャーを掛けられ、今更ながら坂本に浮気バナナと言ったことを後悔する坂川だった。


 

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