第12話 モテ過ぎる男

「ねえ麗華、私、あんたが提案してくれた作戦を実行することにしたから」


 出勤時のバスの中で、森杏奈は隣に座っている日笠麗華に宣言した。


「作戦って、なんでしたっけ?」


「この前、協田さんのハートを掴むには手料理を振る舞うのが一番だって提案してくれたじゃない。もう忘れたの?」


「ああ、そのことですか。で、いつ実行するんですか?」


「今日、工場に着いたら、協田さんに『今度、お弁当作ってあげましょうか?』って言おうと思ってるの」


「いいんじゃないですか? きっと協田さんも喜びますよ」


「本当にそう思う?」


「はい。安奈さんにそんなこと言われて、嬉しくない男性なんていませんよ」


「麗華にそんな風に言われると、なんか自信が湧いてきたわ。工場に着いたら、早速実行してみるね。でも、麗華はそれでいいの?」


「どういう意味ですか?」


「麗華も協田さんのことが好きなんでしょ? それなのに、ライバルである私を後押しするようなこと言うから」


「そんなの気にしないでください。私は安奈さんとは違う方法で、協田さんにアプローチしようと思ってますから」


「違う方法って?」


「それは内緒です。安奈さんに真似されたら困るので」


「真似なんかしないから教えてよ」


「いえ。いくら安奈さんでも、こればかりは譲れません」


「分かったわ。じゃあライバル同士、これからも正々堂々と戦おうね」


「はい、望むところです」





 やがて工場に着き、作業室に入ると、安奈は協田に群がっている女性たちを押しのけ、「協田さん、明日お弁当作って来てもいいですか?」と告白した。

 協田は周りの目を気にしながら、「その話、後で聞くよ」と言って、その場をやり過ごそうとしたが、取り巻きの女性たちは揃って安奈に牙を剥いた。


「あんた、なに一人で抜け駆けしようとしてるのよ」

「そうよ。それに手作り弁当なんて、今時流行らないのよ」

「顔洗って、出直して来なさいよ」


 痛烈な言葉を放つ女性陣に、安奈は負けじと「お言葉ですが、私はあなたたちみたいなおばさんは眼中にないんです」と、返した。


「なんですって! あんた、おばさんとは何事よ!」

「そうよ! ちょっと若いからって、えらそうに!」

「この小娘が!」


「ここであなたたちと言い合ってても仕方ないので、もう行きますね。じゃあ協田さん、また後で」


 安奈はそう言うと、さっさと自分の持ち場へと歩いて行った。


「なんなの、あの態度」

「あの子、ちょっと男に人気があるからって、いい気になってるのよ」

「まあ、あんなに性格が悪くちゃ、協田さんに振り向いてもらうわけないわよ。ねえ、協田さん」


「……まあ、そうかな」


 女性陣の圧力に押され、協田はとりあえずそう言ってごまかした。





 やがて昼休みになると、安奈はさっさと食事を済ませ、休憩室でくつろいでいる協田の隣に座った。


「さっきの続きですが、明日お弁当を作って来てもいいですか?」


「悪いけど、それは受け入れられないんだ」


「そうですか……そんなに私のことが嫌いですか?」


「いや、そうじゃなくて、もしそれを受け入れたら、君の身が危なくなるからさ」


「どういうことですか?」


「自分で言うのもなんだけど、俺って異常なほど女性たちに人気があるだろ? もし俺が君の作った弁当を食べたりなんかしたら、たちまち君は女性たちから標的にされてしまうんだよ」


「私、そんなの、ちっとも怖くありません。さっきのやり取りを見ても分かる通り、あんな攻撃なんて私には全く効きませんから」


「確かに、さっきは少し驚いたよ。まさか君があんなに気が強いとは思わなかったからな。でも、そんな君でも、女性陣から総スカンを食らったら、さすがにへこむだろ?」


「いえ。たとえ全員の女性たちを敵に回しても、協田さんと付き合うことができたら、私はそれで満足です」


「付き合う? 君、いきなり話が飛躍し過ぎてないか?」


「あっ! ……今のは口がすべっただけなので、気にしないでください」


「そんなこと言われても、気にせずにはいられないよ。自分で言うのもなんだけど、俺みたいな異常にモテる男と付き合うのはやめた方がいい。でないと、後々苦労することになるから」


「協田さんが今まで付き合った女性って、みんな苦労してるんですか?」


「ああ。歴代の彼女は皆、嫉妬に狂った女性たちによって、その後の人生に影響を及ぼす程の攻撃を受けてるよ」


「協田さん、私のためを思って、そんな嘘をついてるんでしょうけど、さっきも言った通り、私は女性たちの嫉妬に負けたりしませんから」


「残念ながら、これは嘘じゃないんだ。ご存じの通り俺、作家の仕事もしてるんだけど、今度自分の実体験を基にしたホラー映画の脚本を書こうと思ってるくらい、強烈なものなんだよ」


「…………」


 真顔で語る協田に、安奈は返す言葉が見つからず、ただじっと彼の顔を見つめていた。









 

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