第11話 レオの新たな標的
──今年は真面目路線でいくと言ったはいいものの、これじゃ窮屈で仕方ないね。
女性の多い職場に移ったものの、いまいち女性と触れ合うことのできない現実に、レオはイラ立っていた。
──このままじゃストレスが溜まって仕方ないから、ダメ元で声を掛けまくろうか……いや、そんなことしたら、去年と同じように総スカンを食らうだけだ。
出勤途中のバスの中、険しい顔で考え込むレオに、隣の席に座っていた協田が「レオ、また女性のことで悩んでるのか?」と訊ねた。
「はい。でも、よく分かりましたね」
「お前がそんな顔をするのは、女性関係のことだけだからな。で、どんなことで悩んでるんだ?」
「今年は真面目路線でいくと宣言した手前、いまいち女性に踏み込めないんです。かといって、このまま待っていても、何の進展もありませんしね」
「まあ、お前は去年のことがあるから、女性も警戒してるしな。こうなったらもう、多くの女性と友達になるのはあきらめて、一人に絞ったらどうだ?」
「一人?」
「ああ。お前、この前、中村の頼みを聞いて、木戸を懲らしめてやったんだろ? そのことで、彼女から感謝されたんじゃないのか?」
「いえ。逆に余計なことするなって、キレられました」
「なんで?」
「中村さんに口止めされていたにも拘わらず、彼女に頼まれたからと、木戸に言ったからです」
「そんなことしたら、中村が怒るのは当たり前だろ」
「行きがかり上、仕方なかったんですよ。で、それ以来、彼女は私と一言も口を利いてくれません」
「そうか。じゃあ、来週入ってくる女性に期待するしかないな」
「えっ! 来週、誰か入ってくるんですか?」
「ああ。昨日つかんだ情報によると、来週五人の派遣社員が入ってくるそうだ」
「その中に、女性は何人いるんですか?」
「さすがにそこまでは分からないが、まあ何人かはいるだろう。もしかしたら、お前好みの女性がいるかもしれないぞ」
「そうですね。じゃあ、それに賭けてみます」
レオはこの日からずっと、新人が入ってくるのを心待ちにしていた。
翌週、レオの働いている部署に五人の派遣社員が入って来た。
内訳は男性一人、女性四人で、女性四人のうち三人はおばさんだったが、一人はフィリピン出身の若い女性だった。
「アンニカです。年齢は十九歳です。日本に来てまだ日が浅いので、日本語はまだ少ししか話せませんが、よろしくお願いします」
たどたどしくも懸命に話そうとする彼女の姿に、たちまちレオの心は射抜かれた。
──アンニカちゃん、可愛いね。よーし。今度、日本語を教えてあげるとか言って、飲みに誘おう。その後は……おっと、妄想してたら、アソコが膨らんできたよ。
レオは自慢のフランクフルトが固くなるのを自覚しながら、妄想にふけていた。
やがて五人の自己紹介が終わると、彼らは早速それぞれのポジションに配置され、アンニカは協田の隣になった。
「協田さん、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。それより、よくこれが協田って読めたね」
自分のネームプレートを指差しながら訊く協田に、アンニカは「わたし、日本に来てからずっと漢字の勉強をしていて、漢字の読み書きは少しだけ自信があるんです」と、はにかみながら答えた。
「へえー、そうなんだ。ところで、さっき十九歳って言ってたけど、お酒は飲んだことある?」
「はい。フィリピンでは十八歳からお酒が飲めるので、向こうにいた時はガンガン飲んでました」
「ふーん。じゃあ、こっちに来てからは?」
「法律に触れるので、飲んだことはありません」
「誰とは言わないけど、近いうちに君を飲みに誘う奴が現れるから、それを理由に断った方がいいよ」
「分かりました。貴重なアドバイス、ありがとうございます」
協田はアンニカに作業内容について懇切丁寧に教えた後、工場の人間関係や日本の風習等の話に花を咲かせ、レオはそれをずっと恨めしそうな目で見ていた。
やがて終業時刻になると、レオは帰りのバスの中で協田に訊ねた。
「さっき、アンニカちゃんと何を話してたんですか?」
「作業内容についてだけど、それがどうかしたか?」
「それだけだと、作業中ずっとあんなに楽しそうに話すわけありません。他にどんなこと話してたんですか?」
「お前、俺たちのことを、ずっと観察してたのか?」
「観察じゃなくて監視ですよ。アンニカちゃんが協田さんみたいな女たらしに引っ掛からないよう、ずっと監視してたんです」
「女たらしとは、また随分な言われ様だな。俺の場合、ただ女性の方から近づいてくるだけで、自分から口説いたことなんて一度もないんだけどな」
「その余裕が、また鼻につくんですよ。いいから、早く私の質問に答えたください。アンニカちゃんと何を話してたんですか?」
「お前みたいな女好きに引っ掛からないように注意しろって、教えてたんだよ」
「えっ! そんなことしたら、私に警戒心を持つじゃないですか」
「どっちにしろ、彼女はまだ未成年なんだから、居酒屋にも誘えないだろ?」
「今は十八歳にも選挙権があることだし、十九歳ならもう立派な成人ですよ」
「残念ながら、日本の法律だと、十九歳はまだ飲酒できないんだ。もし、彼女を飲みに誘って、それがバレたら、お前警察に捕まってしまうぞ」
「えっ! じゃあ私は、彼女をどこで口説けばいいんですか?」
「そんなことは自分で考えろよ。何でもかんでも、俺に頼るな」
「そんな……」
頼みの綱の協田に冷たくあしらわれ、途方に暮れるレオであった。
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