第9話 のぞき魔、木戸。本領発揮!

──クソ、今年はロクな女が入って来ないな。


 派遣社員の木戸浩二は、去年と違いおばさんしか入って来ない現状にイラ立っていた。


 木戸はレオ同様、女癖が悪いと評判で、そのため今いる若い女性たちは皆、彼のことを避けていた。


──こうなったら、やけくそでおばさんに声を掛けてみるか……いや。さすがにそれはプライドが許さない。じゃあ、どうする?


 いくら考えても答えは見つからず、木戸はずっとモヤモヤした日を過ごしていた。




 そんなある日、車で通勤している木戸が、いつものように駐車場に停めようとすると、同じく車通勤の中村理恵がちょうど車から出ようとしていた。


──おっ! これは話し掛ける絶好のチャンスだ。


 木戸は素早いハンドル捌きで車を停め、理恵に声を掛けようとしたが、彼女はまるでそれが分かっていたかのように、車から出るとすぐ、玄関に向かって一目散に駆け出した。


──何も逃げなくてもいいじゃないか……よーし、そんなに嫌われてるのなら、とことん嫌われてやろうじゃないか。


 開き直った木戸は、なんの躊躇もなく理恵の車の窓にへばりつき、中を物色し始めた。


──ほう。女の子だけあって、さすがにキレイにしてるな。ん? あそこにあるのは、クマのぬいぐるみか? 意外と子供っぽいところもあるんだな。


 そんなことを思いながら、なおも物色していると、それを玄関口から見ていた理恵が、顔を真っ赤にさせながら自分の車目掛けて駆け出した。


「ちょっと! 何してるの!」


 突然、耳に飛び込んできた理恵の怒号に、木戸は内心驚きながらも、「俺は別に何もしてないけど」と、平然と答えた。


「今、私の車の中をのぞいてたでしょ!」


「俺はそんなことはしていない。ただ、車の中に猫らしきものが見えたから、それが何なのか確認してただけだ」


「猫?」


「ああ。でも、それは、ただのぬいぐるみだったってわけさ」


「そんな見え透いた嘘、信じるわけないでしょ。この、のぞき魔!」


「おいおい、のぞき魔とは人聞きが悪いな。まあ、信じようが信じまいが、それは君の勝手だけど、俺の言ってることは紛れもない事実だから」


「あんたとここで言い合ってても、埒が明かないわ。今から事務所の人に言いつけてやるから」


 そう言って立ち去ろうとする理恵に、木戸は「そんなことしたら俺、何するか分からないよ」と、半ば脅迫めいた言葉を投げつけた。


「私がそんな脅しに屈するとでも思ってるの?」


「これは脅しなんかじゃない。実は俺の知り合いに、車種とナンバーが分かれば、車の持ち主の住所を特定できる奴がいてさ。これが何を意味するか、言わなくても分かるよな?」


「……分かったわ。じゃあ、今回は大目に見てあげるけど、今度やったら絶対許さないから」


 そう言うと、理恵はまるで逃げるように、木戸から離れて行った。




 やがて昼休みになると、休憩室で落ち込んでいる理恵の姿を見たレオが、迷わず声を掛けた。


「理恵さん、どうしたんですか、そんな暗い顔して」


──ああ。こんな時にまた、変な奴に話し掛けられたわ。こいつに相談しても、話がややこしくなるだけだし……待てよ。こういう時だからこそ、こいつを利用できるチャンスかも。よーし。こうなったら、『毒を以て毒を制す』だわ。


 理恵はそう決心し、朝方の木戸の行為を洗いざらいぶちまけた。


「前々から胡散臭い奴だとは思ってたけど、まさかそこまで根性が曲がってるとは思わなかったよ」


「レオさん、私これからどうしたらいいんでしょうか?」


「理恵さんは何も心配することないよ。明日、私がきつく言っておくから」


「くれぐれも、私が言ったことは内緒にしてくださいね」


「もちろん。まあ、大船に乗ったつもりでいればいいよ」


 レオは理恵に気に入られたい一心で、彼女の頼み事を安請け合いした。



 

 翌朝、駐車場で木戸を待っていたレオは、彼が到着するやいなや車をのぞきながら、「なんだ、この車は。ゴミが散乱してるじゃないか」と、ダメ出しをした。


「レオさん、何ですかいきなり?」


「昨日お前がやったことを、忠実に再現したまでだ」


 レオは理恵に口止めされたにも拘わらず、いきなり昨日の出来事をぶちまけた。


「それ、理恵さんのことを言ってるんですか?」


「ああ。彼女はお前に車をのぞかれたことを、心苦しく思ってるんだよ」


「昨日も理恵さんに言ったけど、あれはぬいぐるみを猫と見間違えただけなんですよ」


「そんな言い訳が、俺に通用するとでも思ってるのか? いい加減、白状して楽になれよ。この、のぞき魔野郎」


「のぞき魔だって? レオさん。これ以上、俺を侮辱すると、警察に訴えますよ」


「勝手に訴えればいいだろ。どうせ捕まるのは、お前の方だからな」


「なんで俺が捕まるんですか?」


「お前、理恵さんを口止めするために、彼女を脅したそうじゃないか。脅迫はれっきとした罪なんだよ」


「……分かりましたよ。じゃあ、警察に訴えるのはやめます」


「これに懲りたら、もう二度と人の車をのぞくんじゃないぞ」


 自分の任務を果たし、満足げな顔で立ち去るレオを、木戸は険しい表情で見送っていた。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る