第6話 幽霊に認められた女

「キャー!」

「怖い!」

「超リアル!」


 狭い空間の中に、客たちの絶叫がこだましている。

 水曜日のお化け屋敷は平日にも拘わらず、客が列を成すほどの大盛況だった。


 それもそのはず、水曜日は『本物の幽霊に認められた女』『ノーメイクなのに誰よりも幽霊っぽい』『幽霊役をやるためだけに生まれてきた女』等、数々の異名を持つ、山本葉子が登場する日だからだ。


「いやあ、相変わらず、葉子さんの人気は凄いですね。私たちが束になっても、葉子さん一人に負けちゃうんですから」

「ほんと、こっちはフルメイクで挑んでるのに、ノーメイクの葉子さんに敵わないんだからな」

「これなら、水曜日は葉子さん一人でもイケますね」


 バイト仲間たちが半ばあきれたように言う。

 当の本人は、「そんなにおだてても、何も出ないわよ」と、口では言っているが、まんざらでもなさそうだ。


「葉子さん、これからどうするんですか?」


「帰るけど、それがどうかした?」


「たまには、僕たちと一緒に飲みに行きませんか?」


「ごめん。病気の母親が待ってるから、早く帰らないといけないのよ」


 そう言うと、葉子はさっさと控室を出て行った。


──あぶない、あぶない。あいつらと飲みになんか行ったら、絶対奢らされるに決まってるんだから。


 葉子は帰りの電車の中で、過去にひどい目に遭ったことを思い出していた。




 やがて家に着くと、葉子の母親ミチが、晩御飯を作って待っていた。


「お帰り。今日も客を怖がらせたかい?」


「もちろんよ。私の顔を見て怖がらない人間なんて、この世にいないんだから」


 葉子は、本来ネガティブな意味の言葉を、さらっと言ってのけた。


「それを受け入れているのは母親としては複雑だけど、あんたがそれでいいのなら、私からは何も言うことはないわ」


「私も小さい頃はこの醜い顔が嫌だったけど、いつまでも気にしてても仕方ないしね。現世はもうあきらめて、来世に賭けるわ」


 そう言って微笑む葉子に、ミチは心ではすまないと思いながら、「あんたが強い子で助かったわ」と、笑顔で答えていた。





「ひいっ! 化け物!」


 翌朝、葉子が作業室に入るやいなや、レオが絶叫した。


「誰が化け物よ! 私は化け物じゃなくて幽霊だっつーの。って、誰が幽霊よ!」


「ぎゃははっ! セルフツッコミをするなんて、葉子さん、去年より進化してますね」


「これって、進化っていうの?」


「はい。去年までは、ただ怒って終わりだったのに、今のはちゃんと笑いになってますから」


「ふーん。それにしても、あんたは去年と全然変わってないわね」


「まあ、見た目は変わってませんけど、中身は多少変わりましたよ」


「どう変わったの?」


「むやみやたらと、女性に声を掛けるのをやめたんです」


「本当に? なんか信用できないわね」


「本当ですよ。その証拠に、今回はまだ女性とトラブルを起こしてないでしょ?」


「と言っても、まだ一週間しか経ってないからねえ。この先、あんたが問題を起こさないという保証はないわ」


「私って、ずいぶん信用がないんですね。今回はまだ井上さんと大重さんくらいしか、女性とまともに話していないのに」


「今、私とも話してるじゃない」


「葉子さんは女性としてカウントしてませんから」


「じゃあ、私は何なのよ?」


「化け物ですよ」


「化け物でも、性別はあるでしょ?」


「ぎゃははっ! ほんと、葉子さん、変わりましたね。今までだったら、私が化け物と言った時点でキレてたのに」


「自分では気付かなかったけど、言われてみれば確かにそうかも」


「葉子さん、それを踏まえて、一つ提案があるんですけど、いいですか?」


「提案?」


「はい。私とコンビを組んで、漫才を披露しませんか? もちろん、ネタは私が書きますから」


「えっ! なんで、いきなりそうなるの?」


「今、葉子さんと会話していて、手応えを感じたんです。私と組んで、坂坂コンビを上回るコンビになりましょう」


「漫才コンビねえ。まあ、坂坂コンビでも、あれだけウケてるんだから、私たちが組めば、もっと笑いをとれるかもね」


「そうですよ。あの二人に出来て、私たちに出来ないことなんて、何一つありませんから」


「そうね。じゃあ二人で、休憩室を爆笑の渦に巻き込んじゃう?」


「はい! そうと決まれば、明日の昼休みにネタ合わせをして、来週披露しましょう」


「えっ! ということは、今日中にネタを書くってこと?」


「ええ。大体の流れは頭の中にあるので、後はそれを仕上げればいいだけですから」


「ずいぶん用意がいいのね」


「実はある事情があって、ネタをずっと考えてたんです。それに葉子さん絡みのネタを加えれば、客は大爆笑間違いなしですよ」


「私絡みのネタって?」


「幽霊ネタに決まってるでしょ。他に何があるって言うんですか?」


「それもそうね。あと、コンビ名はどうするの?」


「それは来週までに考えておきます」


 そう言うと、レオは自分の持ち場へと歩いていった。


──とりあえず、これで相方は確保できた。あとはみんなの前で、坂坂コンビを辱めるだけだ。


 レオは不適な笑みを浮かべながら、坂坂コンビへの復讐を誓っていた。




 



 

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