第5話 ツートップに惚れられる協田

「ねえ麗華、協田さんて、ほんと素敵よね」


「同感です。あんな素敵な人には、そうそう出会えるものではありませんよね」


 森安奈と日笠麗華は、工場へ向かうバスの中で協田のことを語り合っていた。


「そもそも、協田さん以外の男性がダメ過ぎるんですよね」


「そうそう。エロポンコツのレオを筆頭に、バナナ野郎の坂本さん、ストーカーの坂川さん、でくの坊の木戸さん、根暗の木本さん、優柔不断な松岡さん、独り言ばかり言ってる大川さんと、ほんとダメ男ばかりだもんね」


「だから、より一層、協田さんの良さが際立つんですよね」


「ところで麗華、前はよく坂本さんから言い寄られてたけど、最近はどうなの?」


「相変わらずです。あの人、岡さんという彼女がいながら、執拗に飲みに誘ってくるんですよね」


「あの人、最近、坂川さんとコンビ組んで漫才してるでしょ? あれって、もしかすると、麗華を振り向かせるためだったりして」


「漫才って、あのエセ関西弁を使ってるやつですよね? 私、一度だけ見たことがあるんですけど、顔が必死過ぎてドン引きしました」


「あははっ! それはきっと、関西弁をうまく使いこなそうとして、そんな顔になっちゃったのよ」


「坂本さんの話はもういいですから、協田さんのことをもっと話しましょうよ。安奈さん、協田さんに告白する気はないんですか?」


「もちろん、その気はあるけど、ライバルが多いからね。周りと差別化を図るために、いろいろと作戦を考えてるんだけど、なかなかいいものが思いつかなくてね」


「そんな余計なことは考えず、自分の気持ちをストレートに伝えた方がいいんじゃないですか?」


「たとえば?」


「『好きです。付き合ってください』で、十分だと思いますけど」


「それだと、ストレート過ぎない? 中学生じゃないんだからさ」


「そうですか。じゃあ、『私と付き合うと、美味しいごはんが食べられますよ』は、どうですか?」


「なにそれ?」


「安奈さんって、料理が得意じゃないですか。それを活かして、お弁当を毎日作ってあげますとか、休日に家で手料理を振る舞ってあげますとか言えば、協田さんもグラッとくるんじゃないですか?」


「なるほど! それ、試してみる価値はありそうね。でも麗華、あんた、ライバルである私に、なんでそんなに親切にしてくれるの?」


「協田さんと私とでは、つり合いがとれな過ぎて、付き合う以前の問題だからです。その点、安奈さんは男性陣から人気がありますし、協田さんともお似合いだと思います」


「そんなことないよ。麗華だって美人だし、今時の子にしては、とても真面目だって、もっぱらの噂よ」


「いえいえ。私なんか、安奈さんと比べたら全然ブスだし、真面目じゃなく、ただ融通が利かないだけですよ」


「そうやって謙遜するところが、麗華らしいと言えば麗華らしいんだけど、もっと自分に自信を持った方がいいんじゃない?」


「じゃあ、私も協田さんとの交際を真剣に考えてもいいんですか?」


「もちろん。これからは良きライバルとして、正々堂々と戦いましょう」


「はい!」


 工場のツートップである二人は、今後協田を巡って激しくぶつかり合うことになる。





「おい、そこにいたら邪魔だろ。早くどけよ」


 配置板の前に立っている木戸に、レオは声を荒らげた。


「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。俺はただ自分のポジションを確かめてただけなんですから」


「そんなの、五秒あれば十分だろ。お前はさっきからずっと、そこに突っ立ってるじゃないか」


「レオさんに、お前呼ばわりされる筋合いはありません。俺には木戸という、れっきとした名前があるんですから」


「ふん。お前なんか、名前で呼ぶ価値はないよ。この、でくの坊が」


 昨日、坂坂コンビに漫才でボロクソに言われ、レオはイラ立っていた。


「でくの坊? レオさん、いくらなんでも、言っていいことと悪いことがありますよ」


「なんだ、でくの坊は気に入らないのか? わかったよ。じゃあ、今日からお前のことを、うどの大木と呼ばせてもらうよ」


「はあ? そんな呼び方、俺は絶対認めませんからね!」


「お前が認めようが認めまいが、そんなのどうでもいいんだよ」


「どうでもよくありませんよ! もし、そんな呼び方したら、井上さんに言いつけますからね!」


「去年、途中で辞めたお前の言うことなんか、井上さんが聞くわけないだろ」


「いえ。こういうこともあろうかと、俺は毎日、井上さんにゴマをすって、信頼を築いてきたんです。なので、俺が頼めば、大抵のことは聞いてくれますよ」


「じゃあ勝手にしろよ。この、うどの大木が」


「また言いましたね! ちょっとここで待っててください。今から井上さんを連れてきますから」


 そう言うと、木戸は井上のもとへ駆け出した。


──何が信頼を築いただ。ゴマをすったくらいで、あの井上さんを手なずけるわけないだろ。


 レオは高を括り、余裕の表情で待っていた。

 すると……




「レオ! あんた、木戸君のことを、うどの大木と言ったそうだけど、それはあんたの方だからね」


 耳を疑うような井上の言葉に、レオは目を丸くしながら「私はうどの大木なんかじゃありませんよ!」と反論した。


「いいえ。あんたは去年、パレット積みの仕事しかできない半人前のくせして、問題ばかり起こしてたでしょ。あんたみたいな、ごつい体してる割に役に立たない人間は、まさに、うどの大木よ」


「…………」


 的を得た井上の言葉に、レオは何も言い返せず、ただ俯くことしかできなかった。


 


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