第4話 〈ダブルスロープ〉漫才披露

 坂本敏行と坂川健三の坂坂コンビ『ダブルスロープ』は、明日披露する漫才に向け、夜の公園でネタ合わせをしていた。 


「なあ、ブック。明日の漫才で、レオに一泡吹かせてやろうぜ」


「もちろんだよ、リバー。お前に屈辱の言葉を浴びせたレオを、明日地獄に突き落としてやるよ」


 二人は三十代半ばであるにも拘わらず、坂本の本の部分、坂川の川の部分を英語読みして互いを呼び合っている、痛いコンビだった。


「ブックの書いたネタはいつも面白いけど、今回のは特にいいな」


「リバーがストーカー呼ばわりされたと聞いて、今回は気合いを入れて書いたからな。明日失敗しないためにも、今日は念入りにネタ合わせしようぜ」


「OK」


 打倒レオを誓った二人のネタ合わせは、この後深夜まで続いた。




 翌朝、二人は作業室に入るなり、レオに宣戦布告をした。


「おい、レオ。この前はよくも侮辱してくれたな。今日の漫才でその礼をたっぷりしてやるから、覚悟しとけよ」

「お前は俺の大事な相方を傷つけた。その罪はお前がみんなの前で笑い者にされても追いつかないほど重いものだ」


「ふん。やれるものなら、やってみればいいよ。このバナナ野郎にストーカー野郎」


「おい、レオ。そんな余裕ぶっていられるのも、今のうちだけだぞ。昼休みになったら、お前は真っ青な顔で、その辺をのたうち回ることになるんだからな」


「ブックの言う通りだよ。今のうちに好きなだけ吠えてればいいさ」


 そう言うと、二人はさっさと所定の配置場所に散っていった。





 やがて昼休みになると、レオは急いで昼食をとった後、休憩室へ向かった。


──あの二人、やけに自信ありげだったけど、一体どんな漫才を披露するんだろう。まあ、たいして面白くはないだろうけど。


 最前列に陣取ったレオが二人の出番を待っていると、程なくして『ダブルスロープ』の二人が、自信に満ちた表情で現れた。


「どーもー、『ダブルスロープ』の坂本でーす」


「同じく『ダブルスロープ』の坂川でーす」


「いやあ、それにしても暑いでんな。もう九月だっていうのに、連日猛暑日が続いとるさかいな」


「そうですね。このまま気温が上がり続けると、十二月になる頃には、百度を超えるかもしれませんね」


「ひゃ、百度って君! もし、そんなことになったら、みんな丸焦げになって死んじゃうやないかい」


「あと、夏といえば、やはり、かき氷ですよね。僕、細かく削った氷の上から、しょうゆを垂らして食べるのが、たまらなく好きなんですよ」


「いや、それ、大根おろしみたいになっとるがな!」


「あと、夏の食べ物といえば、そうめんも欠かせませんよね。この前、家でそうめんを食べたら、なんかいつもと味が違うんですよ。で、おかしいなと思ってよく見たら、そうめんじゃなくて、ただの糸くずだったんです」


「そんなアホな! そんなの普通、食べる前に気付くやろ!」


 二人は夏をテーマにひと笑いとった後、レオの話題へと移った。




「そういえば、この前レオが、この工場に戻って来たらしいんですよ」


「はあ? レオって、去年、散々女性問題を起こした、あのレオか?」


「ええ。でも、今年はそのイメージを払拭しようとしてるみたいなんです」


「そんなの、無理に決まっとるやろ。あのエロの塊のような男が、女性を前にして、自制できるわけないさかいな」


「僕もそう思います。でも、レオのやつ、去年ほとんどの女性に嫌われてたのに、よくのこのこと戻ってこれましたよね」


「まあ、それだけ女好きということやろ。それか、よほど恥知らずのどちらかやな」


「レオの場合、どちらも当てはまるんじゃないですか?」


「確かに、その通りやな。ほんま、あいつには、エロポンコツというあだ名がピッタリやな」


「僕もそう思います。でも、こんなボロクソに言って、もしこの漫才をレオが聞いてたら、どうなるんでしょうね」


「そりゃあ、怒るに決まっとるやろ」


「もし、そうなったら、僕は走って逃げるので、坂本さんがなんとか対処してくださいね」


「おいおい。自分だけ逃げて、後は全部俺にまかせようってか? ほんま、君とはやっとれんわ」


「「どうも失礼しました~」」


 二人の漫才は大爆笑のまま幕を閉じた。

 ほとんどの者が満足そうな顔を浮かべる中、レオだけは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。



  



 


 

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