第3話 エロポンコツ野郎
──また人だかりができてるわ。
昼休みの休憩室で、周りを女性に囲まれている協田を見ながら、大重聡子はため息をついた。
──せっかく頑張って痩せたのに、これじゃ全く意味がないわ。
聡子は協田に振り向いてもらいたい一心で、今年に入ってからダイエットに励んでいた。
──あの中に入って、協田さんを飲みに誘うなんてことしたら、たちまち総スカンを食らうのは目に見えてるし……一体どうしたらいいんだろう。
頭を抱える聡子に、レオが能天気な顔で近づいてきた。
「大重さん、痩せて奇麗になりましたね」
「レオ、あんた、また来たの?」
「せっかく人が褒めてるのに、そのリアクションはないでしょ。それより、なんでそんな暗い顔してるんですか?」
「あんたには関係ないことよ。いいから、放っといて」
そう言うと、聡子は駆け出していった。
──大重さん、協田さんのことをずっと見てたけど、もしかしたら、痩せたのは彼のためかも。
レオはそう判断し、協田を囲んでいる輪の中に無理やり入っていった。
「協田さん、ちょっといいですか?」
突然侵入してきた邪魔者に、むろん女性たちは黙っていない。
「あんた、協田さんに何の用よ」
「どうせ用なんてなくて、ただ目立ちたいだけでしょ」
「このエロポンコツ野郎」
「最後の人は、ただの悪口ですよね? まあ、それはいいとして、ちょっと協田さんと話をさせてもらえませんか?」
「今は私たちと話してるんだから、後にしなさいよ」
「そうよ。帰りのバスで話せばいいでしょ」
「このエロポンコツ野郎」
「最後の人、また悪口言いましたね。いくら温厚な私でも、いいかげんにしないとキレますよ」
「上等じゃない。キレるものなら、キレてみなさいよ」
「あなた、私が本気じゃないと思ってるから、そんなに強気でいられるんでしょうけど、私は本当に怒ってるんですよ」
「だから、どうだって言うのよ」
一触即発の二人に、たまらず協田が止めに入った。
「レオ、話なら後で聞くから、その辺にしとけ」
「いえ。この人に謝ってもらうまでは、私は引きません。ほら、早く謝ってください」
「なんで私が謝らなくちゃいけないのよ。ていうか、あんた、さっきから私のこと、この人とか最後の人とか言ってるけど、もしかして私が三浦だってこと知らないんじゃないでしょうね?」
「協田さんの取り巻きのあなたの名前なんて、知ってるわけないでしょ。私は興味の無い人の名前を覚えるほど、暇じゃないんですよ」
「何よ、その言い草は! たとえ興味が無くても、一緒に仕事をしてれば、名前なんて自然と覚えるものでしょ!」
「私に一般論を言っても無駄ですよ。私はそんな常識からはみ出した規格外の男ですから。ぎゃははっ!」
「何、笑ってんのよ! あんたが規格外なのは、女好きとポンコツなところだけでしょ。このエロポンコツ野郎!」
「また言いましたね! 昔、エロかっこいいという言葉が流行りましたが、エロポンコツなんて分野は無いんですよ!」
「じゃあ、新たに作ればいいじゃない。あんたは、その先駆者よ」
「あなた、何を言ってるんですか! そんなもの作ったら、いい笑い者ですよ」
「元々あんたは、周りから嫌われてるんだから、今更どうってことないでしょ?」
「私は今年はクリーンなイメージでいこうとしてるんですよ」
「あははっ! 今更そんなイメージでいけるわけないでしょ。あんた、去年、自分が何をしたか、憶えてないの?」
「だから、去年のイメージを払拭して、今年は爽やかな路線でいこうとしてるんだから、邪魔しないでください」
「あんたが、そんな路線でいけるわけないでしょ。どうせ、すぐにボロが出るに決まってるわ」
「いえ。私は今年こそ、このイメージを定着させて、協田さんのように女性から好かれたいんです」
「ほら、早速ボロが出たじゃない。なんやかんや言っても、あんたは結局それが目的なのよ」
「いえ、これは言葉の綾というか……」
「何が言葉の綾よ。意味もろくに知らないくせに」
「…………」
三浦に図星を突かれ、レオは悔しそうな表情で彼女を見つめることしかできなかった。
「おい、レオ。さっき、俺に何を話そうとしたんだ?」
帰りのバスの中で、協田はレオに訊ねた。
「大重さんが痩せて奇麗になったのは、もしかしたら協田さんに振り向いてほしかったのかと思いまして」
「なんで、そう思ったんだ?」
「昼休みに、大重さんが暗い顔して、協田さんのこと見てたんです」
「それだけだと、わからないじゃないか」
「いえ。絶対そうに違いありません。彼女の目がそう訴えていましたから」
「お前、目を見ただけで、人の心が読めるのか?」
「はい。女好きという異名は伊達じゃありませんから。ぎゃははっ!」
「自分で言ってりゃ、世話ないな。で、結局、俺にどうしろって言うんだ?」
「大重さんに、『痩せて奇麗になったな』と言ってあげてください」
「そんなこと言って、彼女が勘違いしたら、どうするんだよ」
「それはそれで、いいじゃないですか。とにかく、彼女の努力を無駄にしないであげてください」
「お前、やけに大重さんの肩を持つじゃないか。もしかして、彼女のこと本気で狙ってるんじゃないだろうな?」
「だから、今年はその路線ではいかないと言ってるじゃないですか!」
「ムキになるところが、益々怪しいな。何度も言うようだけど、くれぐれも奥さんにバレないようにしろよ」
「だから、違うんですって!」
レオの主張は協田には届かず、ただ声だけがむなしくバスの中に響き渡っていた。
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