第2話 〈ダブルスロープ〉結成秘話
「じゃあ次は中村だが、お前たしか去年彼女のことを狙ってなかったか?」
「はい。でも、父親の三郎さんが怖くて、結局手は出せませんでしたけど」
「そんなお前に朗報だ。三郎さんは先日、傷害でパクられたから、もうお前の邪魔をする者はいないぞ」
「そうなんですか? じゃあ、今年はなんの気兼ねもなく、彼女のことを狙えるというわけですね。ぎゃははっ!」
「さっきも言ったが、くれぐれも奥さんにバレないようにしろよ。次に森さんだが、彼女は去年、男性陣の中で一番人気だったが、どうやら今年もその座は揺らぎそうにないな」
「森さんはたしか、協田さんのことが好きでしたよね? 協田さんは、彼女のことをどう思ってるんですか?」
「可愛くて、性格もいい女性だと思ってるよ。でも、もし彼女と付き合ったら、他の男性陣に嫉妬されるからな」
「森さんとそんなことになったら、男性はおろか、女性陣も黙ってないですよ。なんせ、女性陣のほとんどは、協田さんに好意を抱いてるんですから」
「まあ、それは否定しないけどな。最後に日笠さんだが、彼女は相変わらず真面目で、坂本さんの誘いも頑なに断ってるみたいなんだ」
「日笠さんとは、去年一緒に酒を飲んだことがあるんですけど、確かに真面目でした。なんせ、ちょっと下ネタを言っただけで、私、彼女に軽蔑されましたから」
「じゃあ今年は、彼女の前では下ネタは慎めよ。以上で去年いたメンバーの近況報告は終了だ。今年新たに入った者は、現場に着いてから、おいおい説明するよ」
「わかりました」
やがて工場に着くと、レオはすぐに着替え、作業室へ直行した。
「レオ、あんた、また来たの?」
班長の井上恵美はレオの顔を見るなり、呆れたように言った。
「井上さんに会いたくて、今年も来ちゃいました」
「またそんな見え透いた嘘ついて。まあいいわ。じゃあ今年もよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レオと井上が再会の挨拶を交わしている中、レオのことを快く思っていない女性陣は、彼を冷ややかな目で見ていた。
「あいつ、また来てるわよ」
「どうせまた、若い女目当てに決まってるわ」
「あの、エロポンコツ野郎」
レオは井上への挨拶を済ませると、配置板の前にいた坂川健三に声を掛けた。
「やあ、坂川さん」
「レオ、お前また来たのか?」
「あなたに、お前呼ばわりされる筋合いはありません。さっき、協田さんに聞いたんですが、あなたまだ藤原さんに付きまとってるみたいですね」
「僕はそんなことはしていない。ただ、いつもバスで藤原さんの隣に座ってるだけだ」
「それを付きまとってるって言うんですよ。このストーカー野郎」
「ストーカーだって? おいレオ。それ以上、僕を侮辱すると、坂本と一緒に、お前のことをけちょんけちょんにしてやるぞ」
「やれるものなら、やってみればいいよ。あんなバナナ野郎とあなたみたいなストーカー野郎に、何ができるって言うんですか?」
「漫才だよ。僕は今、坂本と漫才コンビを組んでるんだ」
「漫才?」
「ああ。ちなみに、コンビ名は〈ダブルスロープ〉。坂本の坂と坂川の坂を二つ合わせて英語にしたんだ」
「また、安易なコンビ名ですね。まあ、それはいいとして、漫才でどのようにけちょんけちょんにするっていうんですか?」
「お前のことをネタにした漫才を、みんなの前で披露するんだよ」
「みんなの前って、あなたたち、一体どこで漫才を披露しようと思ってるんですか?」
「休憩室だよ。僕たちは昼休みに時々、休憩室で漫才を披露してるんだ」
「へえー。で、その漫才はウケてるんですか?」
「ああ、もちろんさ。僕の秀逸なボケと坂本のエセ関西弁を使った鋭いツッコミが相まって、毎回大爆笑だよ」
「それ、本当ですか? あなたたちのそんな姿、まったく想像できないんだけど」
「まあ、お前がそう思うのも無理はない。元々、僕と坂本は漫才なんかするキャラじゃないからな」
「そもそも、あなたと坂本さんは、なんで漫才コンビを組むことになったんですか?」
「坂本が、お気に入りの日笠さんに振り向いてもらおうと思って、僕を誘ってきたんだ」
「なるほどね。それにしても、そこまでして日笠さんに気に入られようとするなんて、あの人、完全に狂ってますね」
「お前が人のこと言えるのか? 去年のお前も、完全に狂ってただろ」
「あなたみたいなストーカー野郎に、そんなこと言われる筋合いはありません」
「僕はストーカーじゃないって言ってるだろ!」
「あなたがストーカーじゃないと言うのなら、この世にストーカーはまったくいないことになりますね」
「ぐぬう。お前みたいなエロポンコツ野郎に、そんなこと言われたくないよ」
「誰がエロポンコツ野郎ですか! 確かに私はエロいけど、決してポンコツなんかじゃありませんよ」
「じゃあ、来週の漫才で、お前がポンコツだということを証明してやるから、楽しみにしてろ」
そう言うと、坂川はまるで逃げるように、自分の持ち場へ駆け出した。
残されたレオは、そんな彼の後ろ姿を憐れむような目で見ていた。
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