第23話 あなたを愛しているということ

気がつくと、トキはあの日の水底の景色の中にいた。

あ、この頃の私は、クロキ様に抱かれる前の、私。

顔を上げると真っ黒な旦那様。今思うと仮面が不思議だ。あとでどうしてしているのか聞いてみよう。姿を、見ているだけで、興奮してきた。

もうすっかり、私はクロキ様に躾けられている。姿を見ただけで、欲情せよと。

仮面が取られる。

白目に色素の薄い湖色の瞳。これを旦那様は気にしてらっしゃる。

……私を、見てくれている。その目が好き。


水の国の者も、虹色の茶もない。

「当家に嫁ぐか、娘、……トキよ」

ここでいいえと答えたら、一生縁談が来ないこともあると風の噂で聞いたことがある。

「お邪魔じゃなければ」

あの日の黒馬車に乗ると、

クロキは項垂れた。

「体がお辛いんですね。すぐに引き返しましょう」

その言葉に、クロキが驚いてから

「そんなに俺が脆弱に見えるのかっ」と

怒り出す。

「いえ、すみません。旦那様を立てられないなど妻失格です。お叱りは受けます」

苦しんでいたクロキは物珍しそうな目をして

「もういい」という。


これが、あの虹色のお茶を飲まなかった世界!

これから少しずつ近づいていくのも、悪くないけれど。


黒馬車が屋敷についた。

晩餐。クロキはいない。あの日晩餐にいなかったのは具合が悪いのもあったからではないか。


やがて、シノブさん達に入浴を手伝ってもらったあと。

クロキが、金の薔薇のブローチをつけたマントと下は婚礼のための華美な刺繍の入った黒い衣装で訪ねてきた。



ノックをしてから

「今日は、機嫌が悪く迷惑をかけた。明日からよろしく頼む」

「!、はい!」

本当は具合が悪いのを知っている。虚弱体質なのだ。今もすぐにでも休んでもらいたいのに。


「入ってもいいか?」


屋敷のものは誰も来ない。つまり、そういうことなのだろう。どうしよう。


「あの、お体辛くないですか?」

「みくびるな!」

寝台へ一気に進んできて馬乗りになる。

これは、ゆめ。夢。

「怖くないのか?」

「クロキ様に嫌われることの方が怖いです」

「はっ!そのためならば身体も差し出すか」

なんということだろう、こういう展開にもなるのか。

どうせ、夢だ。わかる。

「クロキ様」

「なんだ」

「クロキ様の瞳が好きです」

「なっ」

「どんな身体でも、雪のように、雨のように、キスを体中にさせていただきます。それくらい、初めて会った時から、クロキ様のことが気になっています。ですので、初夜は、どうか繋がらずに朝を迎えたいです」

「……それに、なんの意味がある」

「今の私は、処女なのです」

「怖いということか」

「クロキ様、これは夢だからこそ申します。いつか必ずあなたを受け入れますから、この結婚のあなたの感想と、私への印象を聞かせてください」

「この結婚の、印象、お前への、感想……」

「これは良縁です。そして、わたしは、あなたに抱かれるのが好きです。クロキさま、さようなら」


「待てっ!」夢の中のクロキは怒ったような、泣いたような目でトキを見る。


そこで目が覚める。白い大きな耳をピンと立てた白い神獣は「どうじゃった!」と聞いてくる。居場所がわかるように首元に鈴のついた首輪を付けられていた。


不思議な気持ちのまま、珍しく晴れ間の除く変わったはめ殺しの大窓まで歩き、

「クロキさまが、愛おしかったです……」と一言。クロキとはもう愛の告白をしている。夢の印象は薄れていった。

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