第21話 モフモフになったエルフ
「おい、起きろ。ばかっぷるよ。いや、色欲に溺れる夫婦よ。わたしだ、エルフだ」
子供の声!
クロキとトキはお互いの姿を確認する!
トキは胸がはだけているので急いで隠す。
クロキは、全裸なので布団で隠しつつ下着を身につけた。
子供に見せるわけにはいけない。
のに。
子供がどこにもいない。
「エ」
「エルフと言ったか」
ふふん!と空中あたりで声がする。
「ひさしぶりだな。円卓で出会ってから以来なら、はて、ん?百一日目か。まあ、これまで全部見ておったがな!トキよ。久しいな」
「なぜ俺には挨拶しない、そして、あのエルフなのか。俺の寝てる間に結界を破り思念だけ入り込んだか」
「……いや、実態はある。ただなあ。もふもふなのだ、これが」
ぽんっと白い耳の大きな、青の深い目を持つ狐のようなものが現れた。
「まあ、愛らしい……!」
「そうであろう?!トキ!結婚してくれ!」
「ハイ!」
青い目の白狐は大きい耳をこれまた愛らしく垂れてトキに甘え出した。
クロキにとっては得体の知れない愛らしい外見をした獣が妻に迫っている状況だ。
「トキ、危険だ。離れろ。あの化け物たちが帰ってきたんだ」
「失礼な。我々を殺戮と残虐な政治と理不尽な婚姻とで化け物にしたのは、元はと言えばこの数千年のお前たちだ」
ごろんごろんと毛並みの艶やかな白狐にトキはもう陥落していた。
「本当にエルフ様なのですか?試練を短くしていただきありがとうございました。百年。人間にとってはそれはもう永遠で、三日だけでも辛かったです」
「もう!トキは堪え性がないのう!ぜんぶこのクロキのせいじゃわ!今からでも二人の時間を巻き戻そうかのう?」
「え!」
「そんな嫌がらせをするために蘇ったか、エルフの悪鬼め」
「ふっ、こう近くては魔法も撃てまい?クロキ。お前は珍しく衝撃波なら打てるからな。さぞ、ちゅうにびょう、がくすぐられただろう」
イタズラな目元を作り蠱惑的に笑う白狐は前脚でトキの胸を掻くように、
「のう、トキ。お前の家の薬師はなあ、何代か前の、おっと、いまはもう存在しない皇帝とやらの命を宮廷で救ったことがあったのだぞ!それで田舎のあの地でも依頼がひっきりなしなのじゃ。どうじゃ?わたしの話は面白いだろう?それとも、わし、の方が貫禄がでるか?あ、クロキ、貴様の家は首狩り騎士など存在せぬぞ、あれはなあ、この地の妖精デュラハンがお前たちに馬を盗まれてなあ。激怒した首なしの騎士がこの城と城下を巡っただけで、お前の家に武勲はない。どうだ、バラしてやったぞ」
今度は口を半開きにしながら子犬のようにははんっ、と痛ぶるように笑ってくる。
「なあ、トキよ、時を戻そう。と言ってもあの虹色の茶を飲む前までしか今は戻せなんだが。
クロキからわたしに乗り換えぬか?今は獣の姿だがな、有事の際には、おぬしの謂れのあるアンクレットをくれれば、頼もしい男子の姿に変身できる。試してみようか?」
いつまでも放っておかれるクロキでは無い。
「そんなことをしてなんになる。また魔術師達を結集させるつもりか。それにどうしてあのエルフだというならそんな獣の姿で現れる?」
ふんっ、と白狐は青い目で見下しながら後ろ足で顎を掻いた。
「少なくとも二千年生きた身。残留思念が幻や形を成すこともあろう。時の魔法も健在じゃ。ところでだな、そなたら、旅に出る気はないか?ないよな。盗賊や海賊もおるし。まあその時はトキだけはアンクレットをわたしにくれれば助けてやる。必ずだぞ」
「なんの話だ」
服を着ながら、クロキは警戒心を解いていた。魔術の波動のようなものがエルフと一致するという、言葉では説明しづらい感覚があるからだ。ちなみに元エルフの魔力の感覚は、化石に近い。いくら愛らしい外見をしてもそこには帯び重なるいくつもの地層とそこに挟まれた生物の死が主張することもなくただそこに在る。冷たくはないが、むしろ陽の光を待つものがいるのも事実。そんな感触だ。
「そなたはなあ、そちはなあ、なんどトキに身体を愛されようと、己の貧弱な身体を定期的に憂う。そうして、鬱陶しくも毎回寝屋でトキに問うのだ。自分が醜くないか?嫌いじゃないか?とな」
クロキは言い返せず、言葉に詰まる。
しかしまた甘い声音に変えて、それに比べてトキはなあ!と、惚気出す獣。
「そんなふうに時折り聞いてくる、クロキのその質問が嬉しいのだろう?確かにほかの男衆より変わった体つきだが!気にせずに好きだと、愛してると申す!なんだったら、行動で示して、もう、わたしはトキが愛おしい!どうかこの神獣の妻になれ。毎晩、クロキの抱き方とは違う極楽浄土へと、いや、いっそ故郷に帰ってふたりで御殿に住まぬか?睦み合うことだけが心を通わすことではない。薬草を二人で摘みながら、遠出をしたり、料理とやらをしてみて、ふたりで末永く暮らさないか?時を戻せば、また、何も知らぬ乙女になり、わたしと楽しく過ごせるぞ」
今のわたしはエルフという呪いから解かれ、自由自在だからな、とトキの顔を舐めて見せる。
「これからでも良いぞ、トキ、知りたくないか?クロキ以外のオトコを!」
「もう我慢ならない!」
クロキが服をきおえて立ち上がり
「俺の嫉妬を燃え上がらせて何が楽しい?!」
と、勢いよく立ち上がったが。なんせ体が弱い、すぐに息が上がり寝台にもたれる。
「これじゃ旅は無理か」
トキだけでも連れていこうかの、青い目の片目を瞑ると水の国の者が部屋に五人ほど集まる。
現れる水の転移門。
「!、いやです、エルフ様。クロキ様と離れたくありません!」
「良縁を勝手に混ぜこんどいてなんだがここまでずぶずぶとは、はて、良いことか、悪しきことか。わかった。トキの嫌がることはせん」
水の国の者が門を仕舞う。
部屋中に満たされた緊張感がなんとか霧散していく。
「トキから離れろ」
ふん!と抱かれていた体勢からころりと一回転して寝台を歩き出し、下りて、適当な文机へ飛び乗る、と失敗。がたんっ!と床に倒れる。
「くっ、まだ慣れんわ。慣れても困るが」と床に横になってこちらを見る。
どうか、世界を旅してくれ。二人が訪れるだけで変わる世があるのだ。
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